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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界あるある短編

君を愛することはない! ……あれ?

作者: 川崎悠

 男は、妻の待つ寝室へ向かっていた。

 今夜は結婚初夜。


 そう。男は結婚したばかりだった。

 男は若く、再婚でも何でもない。


 初めての妻。そして夫婦揃っての初めての夜だ。


 当然、妻は部屋で、或いはベッドの上で、男と初夜を迎える為に待っている。



 ──だが。


 男は妻を抱く気はなかった。

 その理由は……。



◇◆◇



「──政略結婚だから、2人の間に愛はないのでしょう?」


 そう問いかけてきたのは『恋人』である女性だった。

 2人きりの、誰にも邪魔されない逢瀬だ。


 男の人生で最も楽しみな時間だった。


「……そうだね。僕達は貴族だからさ。愛がなくても結婚しなくちゃならない。

 それに今回のは……余計に特別だ」


「特別? それって彼女が?」

「いや。彼女ではなく、家が。というか、この婚姻自体がかな。……『王命』なんだよ」

「王命!? 嘘でしょう?」


 男だって不本意だ。しかし。


「……国の事業でね。僕の家と、彼女の家。その2つの領地に跨った事業を始めるんだ。

 だから領地同士が争わない為、2つの家を繋げる為に。

 ちょうど、歳の近い僕と、彼女の政略結婚がね。命じられた。

 流石に王命じゃあ逆らえないよ」


「……そんな事って。貴族って……窮屈なのね」

「まぁ、そうだね。時々、自由になりたくはなるけど……」

「あはは。それってないものねだりって言うのよ? 私みたいに平民になってみなさい。貴族に戻りたーい! って言うわよ、貴方は」

「そうかな。君が傍に居れば、平民も悪くないって思えるんだけど」

「……ふふ。貴方が愛しているのは私だけだものね?」

「ああ! もちろん、そうだよ」


 そして、男は平民の恋人を抱いた。

 ……それは、いつもの事だった。




 王命により、家同士の決め事により、婚約者を決められたが……。

 男は婚約者に会う機会をほとんど持たなかった。


 どうせ逆らえない話だ。出逢いを重ねて親密さを増す必要もないと考えた。

 何より、男が愛していたのは政略結婚で決められた令嬢じゃない。


 令嬢より先に出逢っていた平民の彼女こそが男の最愛だった。


「愛している」

「ええ、私も貴方を愛しているわ」


 2人だけの誓い。愛の言葉。想い。

 それらは、2人だけに留めるべきものだ。


 彼女だけに費やすべき気持ちだ。


 一度、二度、顔合わせしただけの令嬢は……たしかに綺麗だと思ったが、それまでだ。

 とはいえ、自分達は貴族であり、これは王命による結婚。


 自分も男ではあって、令嬢は綺麗な女ではある。

 だから妻として正式に迎えた後ならば……抱けなくはないだろう。


 しかし、その行為はあくまで子供を作る為の行為に過ぎない。

 愛のない……せいぜい肉欲を満たす為の行為だ。



(だから伝えなくてはな……)


 男は、妻となった令嬢に最初に、初夜に伝えるつもりだった。


 そう。


 君を愛する(・・・・・)ことはない(・・・・・)──と。


 ……僕が愛しているのは、彼女1人なのだと。

 だから貴族として貴方を抱きはするけれど、僕の愛など求めないで欲しい。


 政略結婚なのだから。貴族令嬢である、あった、妻もきっと納得するだろう……。



◇◆◇



 男は、決意を胸に秘めながら廊下を歩き、とうとう夫婦の寝室へと到達した。


「ふぅ……」


 扉の前に立ち、深呼吸をする。

 室内にはきっと、夜着に身を包んだ、美しい貴族令嬢が待っているだろう。


 まだ初心なままの妻。

 安心だけはさせてやりたいとも思うが……愛情は与えない。

 傷つけてしまうかもしれないが、その覚悟だけは持っていて貰わなければならない。


 それが男の最愛に対する義理立てだった。


「よし」


 男は、扉に手をかけ、そして勢いを付けて開く。

 勢いだ。勢いで言い切ってしまおう。


 話を途切れさせてはいけない。こういうものは勢いなのだ。



「──アーシャ! 聞いてくれ! 僕は……、僕は、君を愛することはない!」


(よし! 言い切った!)


 ベッドで待つ妻に向かって。初夜を迎える前に。

 自身の愛を求めてくるだろう、政略結婚に過ぎない妻に向かって、釘を打った。


(きっと驚いているだろう)


 こういうものは……先手必勝というものだ。

 勢いで押して、自分のペースに巻き込む。

 最初に流されてしまえば、後はズルズルと……。


 所詮、相手は甘やかされて育った貴族令嬢に過ぎないのだから……。



「……………………あれ?」


 だが、男の期待するような反応は返ってこなかった。


「は?」


 何故ならば。


「おい。アーシャ?」


 ……寝室に妻は、居なかったからだ。


 結婚したばかりの新妻、伯爵夫人となった侯爵令嬢、アーシャは男を待ってはいなかった。



◇◆◇



(どういう……事だ?)


 男は、部屋の中を見回した。

 念の為、ベッドの下なども確認してみる。


 ベッドから驚いて落ちて、そこにうずくまっているとか……。


 しかし。


「居ない……」


 夫婦の寝室の中には、妻は居ない。どこを探してもだ。


「…………」


 男は一度、部屋の外に出てみる。


 部屋は間違っていなかった。

 ここは、たしかに夫婦の寝室だ。


 妻アーシャが、結婚初夜で待っているべき場所だった。


「…………どこだ?」


 妻が居ない。探しに行くべきか? 誰かに聞くべきか?

 いや、だが、それは。


 結婚初夜に妻を探し回る夫、いずれ伯爵になる館の主人……。


(そんなみっともない事が出来るワケがない……!)


 そんな事をすれば初夜から妻に逃げられた男だと……恥をかく事になる。

 使用人からも陰でバカにされるだろう。


 だから、男にはそんな事は出来なかった。


「……くそっ! どこへ行ったんだ!?」


 緊張したのだろうか? 準備に手間取っているのだろうか?

 例えば待っている間に水を飲み過ぎて、今は用を足しに行っているとか。


 浴場? 身体を清めるのに、やはり時間が掛かっている?


 侍女達にワガママを言っているのかもしれない。

 なにせ、甘やかされた貴族令嬢だ。


「くっ……。しばらく……待つか」


 男は、状況を吞み込めぬまま、しばらく姿を見せない妻を寝室で待つ事にした。



(くそっ。初夜で妻じゃなく、夫が部屋で待つなんて聞いた事がないぞ……)


 出鼻を挫かれた気分だ。


 男は、椅子に座り、妻を待つ。

 部屋の中に響くのは時計が時を刻む音のみ……。


 どうやら室内に妻が隠れている、なんて事もないようだ。


(隠れる意味も分からないが……)



 チク、タク、チク、タクと。時を刻む音だけが室内を満たす。


(一体どうしたと言うんだ。待っても、待っても……現れない)


 今日、男には伝えなければならない事があったのだ。

 できれば今日中が良い。


 最初が肝心なのだ。先手必勝……。夫婦生活の主導権を握る意味でも、だ。


 妻は悲しみに暮れるかもしれないが、けっして自分の最愛にはなれないのだと、わからせなくてはいけなかった。



 しかし、いつまで待っても妻アーシャが寝室に現れる事はなかった。


「何なんだ!」


 男は声を荒げて立ち上がった。


 もう先に寝てやろうか。そんな風に思う。

 それはそれで傷つきはするだろうが……もはや男の知った事ではない。


 そして、鼻息を荒くしながら男は夫婦が使うベッドへ1人で向かった。




「…………あ?」


 そこで、男は2つ気付いた事があった。


 まず1つは……ベッドの状態だ。


 真新しいのはいい。新調したばかりだ。

 だが……綺麗過ぎる。


 男のように椅子で待っていてもいいが……それ以前に。

 ベッドメイクが終わった後、そのままの様子が維持されている。


 つまり、妻は……指1本、このベッドに触れていないという事。

 待つ間も。ベッドの端に腰掛けるなどもしていない。


 まるで。これでは、まるで。


(いや。まだ来ていないだけなんだ。だから、これはとても当たり前で……)


 だが、男は何か……嫌な予感を感じ始めていた。



 そして気付いた事の2つ目。

 ベッドの脇のデスクに……封筒が置いてある。


 妻アーシャの、人間1人という大きさのモノばかりを探して、封筒の存在に気付かなかったのだ。



「……封筒」


 初夜を迎えるべき夫婦の寝室に、置いてある封筒。

 使用人達が置く事はないように思う。


 男に心当たりはない。


 だから。この封筒は……おそらく、妻が。



 ……男は封筒を手に取った。

 封を開くと……中には……手紙があった。


 それは、予想通り、妻からの手紙だった。




────────────────────────────────────



 ──親愛を育む事のなかった旦那様へ。


 王命により結ばれたこの婚姻は、政略結婚そのものであり、私達の間に愛は不要でした。


 もちろん、愛など生まれていませんし、互いに育もうともしませんでしたね。


 期待もしていなかったとはいえ、結婚は結婚。

 たとえ政略結婚であっても……。


 せめて、人間同士としての信頼関係を築こうとは思わなかったのでしょうか?


 ……まぁ、今更言っても詮無い事ですけれど。



 本題に入りましょう。

 私は、この王命について、貴方の身辺調査をしてから、侯爵である父と共に国王陛下へ異議を申し立てに参りました。


 しかしながら返事は思ったものではなく……。


 婚約の解消を願ったのですが、却下されてしまいました。

 忸怩(じくじ)たるものがありましたが……。


 それでも父と私の努力もあり、国王陛下にある事を認めていただくに至りました。



 それは私達の『白い結婚』の許可です。


 私は、貴方と書類上の夫婦にはなりますが、けっして肌を触れさせなどしなくて構わない、と。


 国王陛下に認めていただきました。


 当然、子供を作らなくてよく。

 それを求める行為をしなくてよく。

 口付けをしなくてよく。

 手を触れ合わなくても良い……という事でございます。



 ……そこまで許可をいただけるのに婚姻だけはせよ、とは呆れてしまいそうでしょうが、そこは私達も貴族です。


 せめて白い結婚の許しを得ただけでも感謝しなくてはいけませんよね。



 国王陛下の許可を元に、貴方様の父である伯爵とも話を重ねて参りました。


 ……別に旦那様に対して秘密裏に進める気など毛頭なかったのですが……。


 旦那様は恋人との逢瀬に夢中であった様子で、また私と父と会話する事さえも避けておいででしたね?


 貴方の父である伯爵は、その点でご立腹であられた様子ですが……今度、改めて話をされると良いかと思います。



 とはいえ、様々な協議と擦り合わせの末、伯爵様もこの『白い結婚』に納得して下さるに至りました。


 ご安心ください。

 こちらから強く拒否したい婚約でありましたので、伯爵家に金銭などを請求する事はありません。


 王命に逆らう気はありませんでしたが……互いにすべてが望むままの話ではありませんでしたからね。



 とにかく。


 私と貴方との婚姻は『白い結婚』を前提とした政略結婚です。


 必要なのは家同士が繋がったという書類上の関係のみ。


 私達個人が友好的な関係を育む必要は一切ございません。


 国王陛下の許可の上、両家の当主が認めた上での話でございます。



 ……ですので。


 私達は『別居』が許されております。


 なので、さっそくですが、私は家を出させて頂きます。


 『白い結婚』の期間は最低でも1年、長引いても3年とのことです。



 旦那様には、朗報もございます。


 私が旦那様との子供を儲けない事が決定しておりますので、旦那様は別に女を囲う事が許されました。


 そして私が、この家に戻る事はありません。


 はい。つまり旦那様は、恋人様を堂々とこの家に連れ込んでも良い……という事でございます。


 本当に良かったですね。



 お互い、王命による政略結婚で迷惑でしたので、この沙汰には、ホッと胸を撫で下ろすばかりでございました。



 ……それからこれは、嫌味ではなく。

 伯爵様からの忠告ですので、最後に念を押させていただきます。



 ──私が貴方を(・・・・・)愛することは(・・・・・・)ありません(・・・・・)



 ……私は、旦那様とは異なる男性を愛しております。

 私の愛は生涯、その方に捧げたく思っています。


 ですので妙な期待をなさらないようにお願い申し上げます。


 当然なのですが……貴方に指1本たりとて触れられたくはありません。


 また貴方の愛など、まったくの不要でございます。




 ……強い言葉を書きます事、お許しを。


 はい。ですが、男性の方が勘違いしやすいと聞きますので……念には念をと思います。



 私からの旦那様は、男性としてはどうでもよく、人間としてはあまり尊敬していない、といった評価でございます。

 ですので、気兼ねなく恋人様を囲ってくださいませ。


 はい。お好きにどうぞ。



 私にもまた、他に愛する方が居ますので、婚姻期間もその方と過ごさせていただきますね。

 もちろん、こちらも両家の当主、および国王陛下が納得済みの事でございます。


 確認しておきたいのであれば、まず伯爵様にお尋ねくださいませ。



 それでは。

 今度、会う時は1年後か3年後の、離婚調停の時にでも……。


 親愛はない妻、アーシャより。



─────────────────────────────────────────


 ……男は、室内を荒々しく歩いていた。


 移動する先は、実の父である伯爵の元だ。


 庭を超え、別邸から伯爵家本邸へと移動する。



 そして、まだ執務室で起きていた実父、伯爵の元へ駆けつけ、荒々しく扉を開いた。



「父上!」


「……うるさいな。誰が入室を許可した?」


「そんな事どうでもいい! 何ですか、これは!」


「何がだ?」


 男は、アーシャからの手紙を叩き付けるように父の机に置いた。


 伯爵は手紙に一通り目を通す。


「……これがどうした? 何も間違った事は書いてないが」


「なっ……!! ふざけているのですか!? こんな内容など認められるワケがない!」


「……私が認めている」


「なっ!」


「私だけでなく、侯爵も、そして国王陛下もだ。当然だが、アーシャ嬢も認めている。……陛下も我々に無理強いしている事は分かっていたのだ。良い落としどころだろう」


「何が良い落しどころなのですか!」


「…………お前は何をそんなに怒っているのだ?」


「はっ!? 何を、などと……」


「お前。愛人……という言い方はすまい。恋人が居るのだろ。平民だが」


「そ……それと、これとは関係が」


「関係しかないだろうが。……我が家は伯爵家だ。平民の妻も……まぁ、ギリギリ許されなくはない」


「えっ」



「たしかに侯爵令嬢との婚姻が結ばれれば、利益にはなるがな。

 しかし、逆にリスクでもある。……ほぼ間違いなく侯爵令嬢であるアーシャの誇りを踏みにじり、信頼を勝ちえないような愚息と、無理矢理に結婚などさせては……いずれ侯爵家に、我が伯爵家が潰されてもおかしくないだろうさ。


 そうなるぐらいならば、最初から手出しなどしない方が良い。

 平民の妻とは不満だが……所詮、ウチ程度の伯爵家であれば……分相応でもあるだろ。


 幸い、領地では国の事業が始まるし。

 侯爵家に睨まれないよう、無難に過ごしていれば……潰れる事はない。


 平民の妻ならば、それなりの生活をさせていれば、それで満足するだろうしな。

 逆に贅沢を言って生意気を言う程なら……、最悪、そう、最悪だが……それこそまた離婚しても、だ。


 平民の子でも子供さえ居ればいい。

 領地を国か、侯爵家に切り売りする形で資金を得れば……まぁ、私やお前の代ぐらいは無難に過ごせるだろう。


 そうなれば降爵を願い出て、子爵か男爵辺りを賜れば……相応な暮らしができる。


 お前の恋人にも、平民の妻が……などというプレッシャーも与えずに済むだろう?

 伯爵のままでも良いが、子爵か男爵の妻であれば平民であっても大手を振って良い。


 むしろ、変に高位貴族に嫁ぐよりは同じ平民達からは、相応の親しみやすさと、羨望を向けられるぞ?


 伯爵である私だから言うが……侯爵より上の身分の者は、背負うリスクも責任も段違いだ。

 伯爵家でもピンキリだがな……」



 ……と。長々と伯爵は話した。

 息子に対する愛がないワケでも完全に愛想が尽きたというワケでもない。


 変な高望みをしない事……を信条に掲げていた。



「話が逸れたな。とにかくだ。お前が怒る理由はないだろう? という話だ。

 お前、平民の恋人の方と一緒になりたいのだろうが。


 だったら、指1本、最初から触れていない事が分かっている『白い結婚』が一番だ。

 下手に侯爵令嬢に手を出した経験がある……などと言えば、暗殺されても知らんぞ」



「ぐっ……そ、それは、しかし、そんな」


「王命もあったから先延ばしになるが、すべての事が終わればその平民と結婚する事も許可してやる。

 だが、過剰な貴族教育は望まないが……最低限、最低限の事は弁えさせろよ。


 勉強だってしなくてはな。

 努力せずに困るのは他でもない、お前とその女なのだ。


 伯爵夫人が無理だと思い、不相応だと思うならば、男爵までの降爵も視野に入れていると伝えてやれ。


 それも領地を切り売りして、資金と侯爵家への借りを得た状態での男爵・子爵だ。

 男爵など平民とほぼ変わりがないから気楽だろ」



「それは…………そう、かも、しれませんが……」


「お前の恋人が下手な望みを抱いていないかだなぁ……。あとは侯爵令嬢に対して優位に立ちたいとか、妙な願望を抱いてなければ良いんだが。ま、ダメそうなら……それこそ下位貴族にでも声をかけるさ。

 まずは、その恋人に事情を話して、今後の事を教えてやれ。

 あとはお前達次第だ」



「あ、ありがとうございます……。で、ではなく!」


「ん? まだ何かあるか?」


「ですから! ……アーシャの事です!」


「アーシャ嬢がどうかしたか? ああ、当然だが彼女は無事だぞ? 護衛と共に、愛する男の元へ行ったさ。正式な婚姻が先延ばしなのが不満そうだったがな。とはいえ、我々も恨まれてはいない。良かったな」


「なっ! そん……、アーシャが他の男を愛しているのは本当なのですか!?」


「……手紙にそう書いてあるだろ。何言ってるんだ」


「何って、だって! アーシャは僕の妻で!」


「だから、政略結婚で愛なんてまるでない、陛下お墨付きの白い結婚なんだろ」


「なん……! だから……そんな……」


 伯爵は、じーっと男の顔を、目を見つめた。

 少しの沈黙の後、重々しく口を開く。



「……………………お前。アーシャ嬢を…………抱きたかったのか?」


「────ッ!」


 男の顔が真っ赤に染まった。


 ……侯爵令嬢アーシャは美しい娘だった。



「やめろ、やめろ! 間違ってもそんな事を言うな、態度に出すな! 殺されても知らんからな! 絶対に止めろ!」


「ぐっ……! ですが、今夜は結婚初夜で……。こんな事を突然に……」


「この事をお前が知らなかったのは、お前が前々から話を聞かなかったり、彼女に会うのを拒否したりしたからだろ!

 国王陛下さえ交えての話し合いだったんだぞ? 時間だって掛かっている!

 私だって声をかけた! 説明してた! お前が何も聞いてないから、彼女がわざわざ手紙で書いたんだろ!


 だいたい、この手紙はどこで見つけた? 手渡しされたんじゃないだろ!」



「そ、それは……夫婦の寝室で」


「ほら見ろ! そこまで行かないと、お前は話を聞かないと諦められていたんだ!」


「ぐっ!」


「はぁ……まったく。……やっぱりさっさと降爵を願い出ておくか。伯爵で問題を起こすより、下位貴族で問題が起きる方が傷は浅いしな……。今なら侯爵家からの支援も見込める……」


「くっ……父上。私は、」


「…………お前。平民の女への愛はどこへやったんだ。性欲に負けるんじゃない」


「うぐ……。は、はい……」


「はぁ……。もう行け。せめての情けだ。屋敷からは使用人を引かせてやるから……。

 泣くなり、慰めるなり、何なりして過ごせ」


 伯爵は追い払うように男を執務室から追い出した。


 いろいろと足りていない男であるが……、それでも実子。

 それに実子の愛ぐらいは応援しても良い身分だった。



「……平民の女が、本当に平凡な女で……欲のない女だと良いなぁ……」


 伯爵は不安を抱えながらも、そう呟くのだった。



 ──1年後。


 男と侯爵令嬢アーシャの離婚は無事に成立。


 両家は円満に離婚を成立させ、争う事はなかった。



 アーシャの方は愛する男と晴れて結ばれ、そして真実の愛の元、子宝にも恵まれる事になった。

 彼女は幸せに過ごしている。


 男と平民の女が幸せに暮らせたかは……男の努力次第である。


君を愛することはない系ネタ1本!


初手さえ許さぬ、隙を生じぬ愛することはない一手!

攻撃こそが最大のモラハラ回避である!

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愛することはない~系ではなかなか見ない伯爵(パパ)がすごいよかったです 普通なら先祖代々の~とかいいそうなところを実子が無難に過ごせるなら降爵するか、と言い切ってしまうあたり多分この人もあまり貴族にむ…
「親愛はない妻」が特に最高でした。ブラボーです…! なんだかんだ息子に甘い父親にさえ「平民の女への愛はどこへやったんだ。性欲に負けるんじゃない」と言われているのに笑いました。(笑いごとじゃないか…) …
伯爵パパの端的な説明にぐうの音も出ない愚息… そしてこういう浮気野郎に限って自分は惚れられていると勘違いしてるのがホントキモイです笑 めちゃくちゃおもしろかった(๑´ㅂ`๑)笑笑
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