量子力学がダイエットに活かされた世界
バスタオル一枚を身体に巻き、わたしは恐る恐る体重計に乗った。
体重は減っていない。
「何で!」
わたしは叫んだ。目の前の姿見に映る自身のややぽっちゃりの体型を絶望的な気分で見詰める。
確かに食事も制限したのに。スイーツも我慢した。
担当のエステティシャンが、目を眇めわたしを睨み付けている。
「わたしはちゃんと食事制限しました! 悪いのはヒッグス粒子です!」
物質に質量を与えている粒子。わたしは咄嗟にその名を挙げた。
「ヒッグス粒子のせいにするの?」
エステティシャンが冷たく言い放つ。カルテを手に取ると、今日の体重を書き記した。
「あなた真面目にやる気ある?」
「真面目にやってます! わたし絶対に痩せたいです!」
「どうせ、そう言って食べてるんでしょ」
エステティシャンがクイッと銀縁の眼鏡を上げる。
「ちゃんと言われた通り食事制限してます!」
そう言うわたしの鼻先に、エステティシャンはボールペンの先を突きつけた。
「仮に三百グラムの料理を食べれば、単純計算で三百グラムの物質が身体に蓄積される。あなたは密かに食べてるのよ!」
「違います! お料理だって素粒子で出来てるんです! 素粒子に質量は無いのに何で増えるんですか!」
「それは……」
エステティシャンは複雑な表情で目を逸らした。
「全てはヒッグス粒子が悪いんです。ヒッグス粒子さえなければ、宇宙中の女子は体重なんかで悩まなくて済むんです」
体重計がピピッと音を立てオフになる。
「ヒッグス粒子さえなければ……」
わたしはぽろぽろと涙を溢した。
「それは違うわ。ヒッグス粒子だけじゃない。重力子もある。宇宙は女子の敵だらけなのよ……」
エステティシャンはわたしの肩に手を置いた。
「そんな敵だらけの世界で戦う女子を応援したくて、私はエステティシャンになったの」
エステティシャンがわたしを抱き締める。
「一緒に頑張りましょう」
「エステティシャンさん……」
わたしはエステティシャンとがっしりと抱き合った。
この見えない敵に囲まれた世界で生き抜く辛さは、たぶん女子同士にしか分からない。
終




