五限目体育(後編)
安達は二球目を投げて来る。
また、直球だ。
俺の感覚だとタイミングは完璧だった。
それなのに振り遅れて、空振りをしてしまう。
「あ、あれ?」
思ったよりもスイングが遅い。
考えてみれば、同然だ。
この体は普段、運動なんてしない。
思えば、バットも重く感じる。
「タ、タイム!」
俺は一度、ベンチへ戻った。
「ど、どうしたの、どこか痛めた?」
クラスの女子が心配をしてくれた。
「ううん、大丈夫。バットを変えるだけ」
俺は並べられているバットの中で一番、軽いモノを選んだ。
うん、これなら少しはマシだ。
「ごめん、待たせた」
俺はバッターボックスに戻った。
「もしかして、打つつもりなの?」
俺が「そのつもり」と答えたら、渡辺さんは驚く。
「む、無理はしないでね」
「心配してくれてありがと」
俺はバットを構えた。
そして、三球目。
カキーン。
バットにボールが当たった。
でも、ファールだ。
かなり振り遅れている。
「うそ」と渡辺さんが声を漏らした。
そして、四球目。
またファールだ。
でも、さっきよりもタイミングが合って来た。
次は打ってやる、と思ったら、渡辺さんが「えっ」と声を上げる。
バッテリー間でサインのやり取りをして、五球目を投げる。
もしかして…………
多分、渡辺さんが無反応だったら、空振りしていたと思う。
だって、安達さんは変化球を投げてきたんだ。
全国クラスのピッチャーが体育の授業で投げて良いレベルの球じゃなかった。
でも、辛うじてファールにする。
これには安達も渡辺さんも驚いていた。
でも、すぐに安達は真剣な表情に戻る。
そこから三球、ファールで粘った。
ここまで来るとさすがに周りも騒ぎ出す。
男子の方はもう終わったらしくて、俺と安達の勝負を見に来ていた。
その中にはソラもいた。
「あんた、何やっているのよ!」と言いたげな表情だった。
安達もソラ(俺の身体)が来たのに気付く。
次で決めに来る、と直感で分かった。
球種は恐らく……
カキーン。
俺は安達の決め球のカーブを弾き返した。
「危ない!」と誰かが叫ぶ。
俺の打った打球はピッチャー返しになってしまった。
ボールが安達の足に直撃し、彼女はその場に倒れ込む。
「大丈夫!?」
俺を含めた数名が駆け寄った。
「…………これくらい平気」と安達はムスッとした態度で答えた。
いつも俺と話す時と比べて、態度が違い過ぎたので驚いてしまった。
安達は「平気」と言ったが、明らかに打球の直撃した足を庇っていた。
「悪化すると良くないから保健室へ行きなよ」
渡辺さんが言う。
さらに何かを思いついた表情になった。
「というわけで保健委員さ~~ん、澪をよろしく!」
んっ?
一組の保健委員って…………
一組のみんなの視線がソラ(俺の身体)に集まった。
指名されたソラは困惑している。
「いや、私がやったことだし、保健室には私が……」
と言いかけたところで、渡辺さんに肩をガッと組まれた。
「まぁまぁ、足利さん、二組って次は音楽の授業でしょ? 音楽室、遠いよ。移動が続くのに、保健室になんて言っていたら、遅刻しちゃうよ。一組のことは一組に任せなって。それにさ…………」
渡辺さんは俺(ソラの身体)の耳元に近づいて、
「澪の成就しない初恋の相手、少しでもいさせてあげてよ。取ったりはしないからさ」
こういう言い方をするとことは、安達が俺のことを好きなのは渡辺さんも知っているみたいだ。
あんまりここで俺が食い下がるのも変なので、身を退いた。
ソラを見ると「余計なことばかりしないでよ」と言いたげに俺を睨みつける。
これに関しては本当に申し訳ない。
ソラ(俺の身体)は安達に肩を貸して、保健室の方へ向かって行った。
安達は恥ずかしそうに笑う。
それにしてもソラと安達を二人にして大丈夫かな?
結論を言うと駄目だった。
それを知るのは放課後、今日の朝、俺とソラの入れ替わりが起きたあの神社に寄った時だった。