表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者が偉大過ぎた

作者: ほすてふ

「殿下、報告です」

「ご苦労。そちらに座るがよい。誰か、飲み物を」


 調べ物をしていた部下が戻ってきたので、王子はすぐに話を聞く態勢を作った。

 ここのところ国内の景気が悪くなっているという報告が上がってきたのだ。

 この一年、危険で強力な魔物が討伐された、新しい娯楽が考案され専用の施設ができたなどと、よいニュースが続いていたにもかかわらず、景気が悪化しているというのはどういうことか。

 


「国内の通貨流通量がここ一年で激減しております」

「貿易赤字で流出したか?」

「いえ、それは二次的な結果とおもわれます。既存の交易の取扱量は大きく変わっておりませぬ」

「では?」

「はい。誤解を恐れず申しますと、例の勇者殿が原因かと」

「誤解を恐れていうならば?」

「勇者殿が意図してのことかはわかりませぬが、勇者殿の活動が回りまわった結果でございましょう」

「転移魔法で移動する勇者殿は既存の交易とは別枠だからな」


 勇者。

 この一年で一気に名を売った人物だ。

 人類世界に比類なき戦闘能力を持ち、危険な魔物を討伐して回っている。

 転移魔法で世界中を飛び回り、多くの国が彼に助けられてきた。

 それだけではない。

 無尽蔵の収納魔法で無限とも思える物資を運び、槌を持てば伝説級の武具を生み出し、食事を作れば今までにない調理法と味を生み出す。

 勇者本人に依存する驚くべき能力と技術によって新たな商材が数多く生まれているのだ。

 それでいて異様に謙虚で地位を与えようとすると断固として断り、一冒険者としての扱いを望む難しい性格でもある。

 地位で縛れないためにどこの国でも彼を囲い込むことができず、結果、世界中が彼の恩恵を受けることができていた。


「つまりですな。転移魔法で無尽蔵の物資を提供して回っているのです。伝説級の剣から新しい保存食まで。つまり高級品から廉価品まで網羅している。そして対価は貨幣で受け取るのです。地位も名誉も求めない高潔な方ですが、何も渡さないのはありえませぬからな。対価として相応の金品ならば受け取ってくださるので」


 勇者が起こした産業も多くあり、その利益の一部ももちろん勇者の懐へ入っている。正当な報酬と認識されてはいるが、その額はすでに驚くなき規模になっていると予想されている。


「おそらくはすでに勇者殿は世界屈指の資産の持ち主でしょう。我が国の年間予算など軽く払えるほど、現金でその収納魔法の中に蓄えていらっしゃる。勇者殿は贅沢を好みませんようですし、ため込むばかりで放出する機会があまりない。そして勇者殿が得る金品は正当な、あるいは安すぎる報酬なのです」

「うむ……」


 ときにはただ働きも辞さないという世界に対し献身的な勇者である。


「さらにいうならば、勇者殿が生産するものはそのほとんどが勇者殿自身が手に入れた原料から作られるもので、魔物討伐の報酬などは言わずもがな、圧倒的な強さの勇者殿の体が元手で消耗品の購入もない。装備も、ポーションなども自作されますからな」

「多くの金を稼いでいるのに自分は金を使わない。そして金貨が収納魔法にたまっていくばかり、と」


 情報によると、最高級宿よりも整った設備の野営用の小屋を自作して収納魔法で持ち歩き夜はほぼその小屋で過ごす。最高級レストランの食事よりも美味な食事も自作する。衣食住装備その他すべて自己完結できるのである。

 付き合いで町の施設を使うこともあるが、食堂や酒場に行けば逆にレシピを提供しアイデア料を得るような人物だ。


「ほかにも冒険者ギルドにて非常識な量の魔物素材をもちこんだり、伝説の魔物をポンポン狩ってきて納入したりで支部の金貨全てでも足りないので近隣の支部から金貨を輸送したという例も幾度か」

「あいた口がふさがらんわ」


 勇者でなければ倒せない強力な魔物。そんな魔物から得られる素材は当然高価だ。

 供給が勇者以外からはあり得ないのだから当然である。

 かといって安価に買いたたくのは冒険者ギルドのメンツにかかわる。冒険者ギルドはきちんと報酬と対価を払うから成立するのだから。この原則がなくなれば冒険者ギルドは崩壊するだろう。


「かくして通貨が世界から消えるか。これは重大な問題だぞ。商取引が滞るし税の支払いにも影響がでる。すでに物価が下がり、固定額のもろもろの支払いに影響が出ているのだよな?」


「はい。勇者殿の影響もあり、流通する物の種類、量ともに増えているのですが通貨の不足に気づいたものが金貨をしまい込むかもしれぬ。」

「ですが、世界の英雄たる勇者殿に金貨を返せとは」

「言えぬよな」


 勇者に救われたものは数多くいる。

 勇者をそれらをすべて敵に回す覚悟が必要だ。少なくとも、勇者によって危機が起きているということを理解していない者は、敵に回るだろう。


 流通する商材の量が増え、貨幣が減るということは、貨幣の価値が上がるということだ。

 金貨十枚で買っていたものが金貨一枚で買えるということは、金貨の価値が十倍になることと同じことなのである。

 それはつまり物価が下がるということでもある。これだけ見ればいいことのように思えるが、実際にはそうとも限らない。

 一時的にはうれしいかもしれないが、すぐに労働報酬も物価に追随して下がる。

 また、現在借金している者にとっては支払わなければならない利子の価値が上がるのだ。

 お前利子十倍払えな、と言われたらどうなるだろうか。

 借金している者はつまり借金しなければならない状況にあるわけであるから、カネが足りていないはずなので――彼らはさらなる困窮に陥るだろう。そうなれば首をくくるしかなくなる者も出てくるはずだ。

 逆に現在金貨を持っている者にとってはうれしいばかりかもしれない。黙っているだけで所有資産の価値が上がるのだ。

 そうなると価値が上がるものを抱え込み、上がりきったところで放出することで利益を得ようという者が出てきてもおかしくはない。


「あるいは勇者殿はそれを狙って……? いや、さすがにないか。あの不自然なほど謙虚で潔癖な人格の持ち主がこのようなえげつない真似を望んでするはずがないな」

「世界を地獄に落とすなら勇者殿が討伐した魔物をいくつか放置していればそれで充分ですからな」


 世界滅亡級の魔物を退治してきた勇者が、通貨を支配して他者の屍の上で儲けようなどと動くとは、王子も部下も思えなかった。


「やはり、勇者殿に相談するしかないのでは? 通貨の現物を勇者殿が抱えている以上すでに勇者殿を無視してどのような案も進められますまい。他国との兼ね合いもありますし」

「他国も同じような状況なのだな」

「程度の差はありますが。帝国などは魔物の被害が小さく、結果として勇者殿が出没する機会も少なく影響がマシなようです」

「帝国がか。あの国に比較的でも余裕があるというのは嫌な予感がするのだが」

「諜報を強めますか?」

「頼む」



 こうして部下からの王子への報告は終わる。

 通貨に関する問題については学者を呼び検討を進め、また勇者を招聘し解決を図ろうとしたのだが、時すでに遅く、帝国が動き出すほうが早かった。

 他国を併合して大きくなってきた帝国である。

 相対的に他国が弱り、自国もまた経済的に不調となれば、武力侵略による解決を図ることは当然の帰結だった。

 帝国の侵略から始まった戦争は世界を巻き込み、人類史上まれにみる被害をもたらした。

 そして結果として勇者によって終結した。


 そこまではまだよかった。よくはないが。

 問題はその後勇者が死亡したことであった。

 ベッドの上で多数の妻に囲まれた状況で息絶えたのだという。戦争終結に尽力し、忙しかった分を取り戻すために頑張った結果の不幸だと噂された。


 噂はともかく。

 通貨を含む多くの物資が勇者の死亡とともに永久に勇者の収納魔法の中に封印されてしまったのである。

 それだけではない。

 勇者個人の能力に依存していた様々な生産物が、在庫とともに将来的にも手に入らなくなったのだ。

 勇者の従魔からとれる素材を勇者が加工しなければ作れない優良な資材。

 異常とも思われる品質管理を勇者が指導しなければ生み出せない商品。

 勇者がとってくる大量の魔石の消費を前提とした便利魔道具。

 伝説級の装備や遺失級のポーション。

 無限の収納と転移魔法による輸送。

 世界はすでに勇者に依存していたのだ。


 そんな中。

 大戦を何とか生き抜いた王子と部下は、これからの暗黒時代に絶望しつつも、最後までできることであがき続けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 売上に対して税金取れば良かったのではないでしょうか?
[一言] 英雄のいない時代は不幸だが 英雄を必要とする時代はもっと不幸だ 必要であり必要ではないが、それでも唐突に居なくなられても困る、と
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ