常識
高速道路を使って二時間ほど車を走らせると、海水浴場に到着した。平日だというのに、なかなか人がいる。
休みをこの日に当てて家族サービスをしているサラリーマンたち。デートで、サークルの集まりで、出会いを求めてやって来る大学生たち。おそらくそんなところだろう。
なかなか車から降りてこない黒森を不思議に思って、モモカは声をかけた。
「おい、聞いてないぞ。海水浴がこんな日照りの中で行うものだなんて…!騙しやがったな」
今日の日差しはそこまでキツくないが、この男には堪えるようだった。
「えぇ?常識ですもん。自分たちが常識だと思っていることほど説明するのに苦労することはないですよ」
服の下にあらかじめ水着を着てきているので、モモカは躊躇なく服を脱ぎ捨てた。
「俺を日光に晒すな…」
いよいよ元気がなくなってしまった黒森を、日傘をかざして車から引っ張り出した。
「死んだり、病気になっちゃうなら、無理には連れだせないのでドライブってことでもいいですけど、ただあまり日光が得意じゃないってだけなら海に入ってみましょうよ。海に潜ったら日光だってあなたを追いかけられませんから」
黒森は、太陽の光で目は眩むし、身体は怠いしと不平をこぼす。しかしせっかく来たのだし、モモカの説得も効いて、黒森はヴァンパイア史上初めて海で遊んだ男となった。
数年前に書いていた話です。つまりコロナ前に書いた話であるわけですが、今の情勢では、海水浴さえフィクションのように感じます。