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歯科医とヴァンパイアの牙  作者: ぼっちりぼっち
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家族会議

モモカが入浴を済ませて廊下を歩いて行くと、リビングから蛍光灯の明かりとともに漏れる談笑の声にぶつかる。

「あらあら、そうだったの。そんなに大切なものだったの。ごめんなさいね、悪気はなかったと思うの。」

「いやいや、大切かどうかではなく、人様の歯をそんなむやみに抜いてしまったなんてご迷惑をかけました。今日が初めてだったもんで」

「いえ、俺が不覚にも寝てしまっていたのが悪いんです。お嬢さんの仕事に対する熱意と患者に対する優しさは、十分俺にも伝わってきました。将来立派な歯医者になられると思いますよ」

 モモカは黒森のあまりにも人間らしい態度に拍子抜けした。こんな振る舞いができるなら、さっさと人間として生きる決意をしてもよさそうなものなのに。しかしこれはよそ行きの顔、というやつで腹の底では不本意に思っているのだと無理やり自分を納得させた。

「ちょっと、人の話で何盛り上がってるの。」

「あらモモちゃん」

「お帰り、モモ」

「おう」

 リビングの中年顔の三人が振り返る。中年夫婦とおじさんヴァンパイアというのは、ぱっと見何の違和感もない。しかし、その中身はあまりにもアンバランスだった。

「お湯、冷めてなかった?」

「全然大丈夫。ちょうど良かったよ」

「いつにもまして早風呂だったな。やはり落ち着かないのか?」

「念願の歯科医デビュー日だもんね。でもすぐ慣れて、モモちゃんならおじいちゃんに負けない立派な歯医者さんになると思うのよ」

「「いや、落ち着かないのはそこじゃなくて、ヴァンパイアと出会ったからだよ‼」」

 母ののんびりとした天然ぶりに、父と娘が同時にツッコミを入れる。はじめ黒森には、このツッコミというものは相手を攻撃し、自分が正しいと主張するための、争いの道具のように映った。しかし、ボケとツッコミが幾度となく繰り返されるこの家族の会話の中には、少しの殺伐さも見つけることはできなかった。それどころか、掛け合いの中には常に笑いと温かさが感じられた。

 ふと自分の家族はどうだったろうと思い出してみる。家族の元を離れたのはもう数十年も前のことになるが、家族で和やかな会話をしたという記憶はない。他のヴァンパイアの家族と違って、黒森は父を知らずに育った。そのおかげで、男性ヴァンパイアとしての能力は他より劣る黒森も、父や兄弟と骨肉の争いをすることはなかった。しかし人間の基準から考えると、自分も含めヴァンパイアの家族は、「家族」ですらなかったのかもしれないと思った。

「黒森くん、ボーっとしてどうしたの?」

 母の呼び声に、黒森は自分が思い出の世界に沈んでいたことに気づく。

「お母さん、『くん』はなくない?」

 モモカの、汚いおじさんを見るような目に黒森は、自分がたった今まで感じていた疎外感も忘れて、

「そんな有り得ないものを見るような目で俺を見て良いのか?お前はたった三日で俺に人間の誇りとやらを教えるのだろう?行動で、言葉で、表情で、全てで俺に示してみせろ」

 と彼女を責めた。

「たしかに、黒森くんの言う通りだ。モモカの行動が全て人間の行動だと思われるからね。気をつけなきゃダメだぞ」

 父は黒森に同意する。モモカは、父や黒森の言葉に説得力を感じつつも、母につられて父までおじさんヴァンパイアを「くん」付けしたことに鳥肌を立たせていた。

鳥肌が元の二〇代の肌に戻ると、モモカは改めて悩んだ。先ほど自信ありげに、「きっと三日以内に人間の誇りを教えてみせる」と言い切ったものの、具体的な案は浮かばない。ちょうどメンバーが勢ぞろいしていることなので、この三日間をどのように過ごすべきか、それぞれに案を出すことにした。


テーマ:人間の誇り

①父の案

 一日目:ゴルフ  二日目:野球  三日目:自転車競技

「やっぱり俺は、スポーツは人間ならではの営みだと思うんだ。たとえばゴルフや野球をしたからって戦争がなくなったり、技術が進歩したり、そういう社会的影響は及ぼせないだろう?究極的には何の意味も分からないのに、強くなろうと努力していく姿は人間らしいと思うんだ。そしてがむしゃらに勝てば良いわけではない、スポーツマンシップというものもヴァンパイアとの違いとして忘れちゃいけないな」


②母の案

 一日目:海水浴  二日目:ピクニック  三日目:ペットショップ

「お父さんの案も良いけど、ヴァンパイアさんを戦いの世界から解放したいと思うのよ。人間がいかに自然と触れ合ってきたか、それを知ってほしいと思ったのよね。空は飛べても海は泳がないでしょ?そして自然を感じながら美味しいお料理を食べてほしいし、ペットとのふれあいを通して『愛しい』という感情をわかってもらえたらな、と思いました~」


③モモカの案

 一日目:食べ歩き  二日目:ボランティア  三日目:映画鑑賞

「血をお酒みたいに楽しめるんなら、味覚がないわけではないんでしょう?食事が必要ないってお金もかからないし便利かもしれないけど、“無駄”を楽しむのも人間だと思うんですよ。ボランティアもヴァンパイアにはない弱者救済という目的だし、映画鑑賞はてっとり早く人生というものを知れると思って」



 幾度か協議を重ね、黒森の興味関心も考慮に入れつつ、

 一日目:海水浴  二日目:ペットショップ  三日目:映画鑑賞

に決定した。食事を楽しんでほしいというのは人間側の満場一致だったので、美味しい食事を三食とることが黒森に義務付けられた。

 自らの案が一つも採用されなかった父は少し落ち込み、母は二つも採用されたと父の隣で無邪気に喜び、傷口に塩を塗った。

 

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