モモカの家
モモカの家は勤務先の病院から徒歩で二十分ほどのところにある。その間、この若き女性歯科医と黒いコートの男の間を行き交う言葉は一つもなかった。
二人が目的地に到着した時、時刻はすでに二十一時を回っていた。モモカは父と母と一緒に実家に住んでいる。ここは、祖父が生前歯科医院として使っていた家だ。後継者がいなくて今は閉じてしまったが、いずれモモカが独立する時には、再びここを歯科医院にしたいと思っている。
いつもより帰りの遅い彼女を心配して、父が玄関の外まで出て来ていた。
「遅いじゃないか、モモ。どうしたんだ?」
今日はモモが食べたいって言ったから、お母さんが焼き肉の用意をしてくれていたんだぞ、と言いながらモモカの背中を押して家に入ろうとする。そうしてやっと父は、モモカの後ろをついてくる黒い大きな影に気が付いた。
「な、なんだ、この男は。ストーカーか?それとも彼氏か?」
「んーん、待ち伏せはされたけどストーカーでもないし、彼氏でもない。むしろ私が治療ミスって迷惑かけちゃった人。」
いや人っていうかヴァンパイアなんだって、とモモカは動揺する父に構わず、知っている情報を淡々と告げた。大きな黒い影は恭しくお辞儀をして名乗った。
「黒森スズトといいます。少しの間よろしくお願いします。」