【第4話】助けてミクロ君!!
「ミクロくーん!そっちは何か見つかったー?」
春香を見てミクロは静かに首を横に振った。
「そっかー…コテツは?何か見つかったー?」
「くぅーん…」
悲しそうに耳と尻尾を力なく垂らして返事をするコテツ。
「そっかぁ…でもまだ時間はあるし、もう少し頑張ろう!」
夏は目の前だと告げる程強い日差し。
照りつける日差しの中、河川敷の草むらの中で有るのかも不確かな手掛かりを探すのは、体力的にも精神的にも苦痛である。
にもかかわらず、春香は辛そうな表情を一切見せることなく、笑顔で2人を元気付けた。
「ばうっ!!」
「春香殿…コテツ殿…かたじけない…!!」
そんな春香を見て、耳と尻尾をピンっと立てて元気よく返事をするコテツと、そんな二人を見て熱いものを込み上げたミクロ。
3人は再びミクロが向こうの世界に帰れる手掛かりを探し始めた。
とある休日のお昼前。
3人は朝早くから河川敷に来ていた。
その河川敷は数日前にミクロが倒れていた場所。3人が初めて出会った場所。
目的は勿論ミクロが元の世界に帰るための手がかりを探すため。
ミクロが春香に保護されてから数日、大分傷が癒えたミクロを見た春香が、早速が帰る方法を探そうと申し出てくれたのが昨日の出来事。
心優しい彼女の厚意を受け取り、こうして3人は手掛かりを探していた。
………しかし
「何にも見つからなかったねぇ…」
「くぅん…」
あれから更に3時間ほど探したが、結局手掛かりになる物は何一つ見つからなかった。
まだ探そうとする春香をミクロが止め、2人はまだ日が昇る中、土手横の静かな住宅街の道路を力なく家に向かって歩いていた。
肩を落として歩く春香とコテツ、だがミクロは違った。
「春香殿、コテツ殿本当にかたじけない。確かに今日は何も見つからなかったが、なーに心配は無用。私が多少居なくなったところで、我が国マイクロ王国は問題無い。なんせ兵1人1人が私が鍛えた猛者ゆえ」
春香が肩にかけているトートバッグから顔を出し、2人に微笑みかけるミクロ。
本人が一番辛く焦っているはずなのに、彼はそれを隠して笑みを浮かべていた。
それは2人に心配をかけないため…だが春香にはその笑顔の下にある、彼のやるせない気持ちが見えていた。
「ミクロ君…うん、また今度の休みも手伝うよ!!いや、明日も探そう!私学校終わったらすぐに帰るから!!」
「ばう!ばう!!」
「な!?また手を貸して頂けるのか?いや…しかしこれ以上2人の手を煩わせるわけには…」
「何言ってるのミクロ君!ミクロ君が元の世界に帰れるその日まで、私達はミクロ君をサポートするよ!!ね?コテツ!」
「ばう!!」
「春香殿…コテツ殿…かたじけない…」
太陽の光が染みたのだろうか?
一瞬彼の目から何か熱いものが零れ、それを隠すかのようにミクロはカバンの中に顔を隠した。
「きゃああああああああ!!!」
突然背後から聞こえた女性の悲鳴。
驚き3人は振り向き、その悲鳴の方を見た。
そこには地面に倒れこむ女性と、駆け寄ってきた数人の通行人。
そして……
「へっへっへっ!!やりぃ!!」
バイクに乗った男が猛スピードでこちらへ向かって来ていた…片手に女性もののハンドバッグを持ちながら。
「ひったくり!?」
春香は驚きの声を上げた。
そう、ヘルメットを被りバイクに乗る男が持っているそのバッグは、そこで地面に倒れている女性のものだった。
まるで女性を嘲笑うかのように倒れる女性を見ながら運転をする男。
おそらくひったくりが上手く成功して余韻に浸っているのだろう…
しかし男が進む道の先には…
「え…?」
「はぁ!?」
気が付いた時には既に手遅れ。
男がキチンと進行方向に視線を向けた時には、もう止まることも避けることも出来ない状況だった。
数秒後には間違いなく男はバイクごと春香に突っ込む…彼女は今更避けることも防ぐことも叶わない。
余りに唐突な出来事に処理が追い付かない彼女は、ただ茫然と佇む事しか出来ずにいた。
そして…真っ白な頭の中思わず口から漏れた一言…
「た…」
助けて…そう言いかけたその時!!
「失礼」
何かが突然目の前に飛び出し、彼女とバイクの間に割って入った。
「一閃・旋風」
太陽から注がれる光を一瞬何かがキラリと反射させ、同時に突然目の前で突風が発生した。
何が光ったのか?この突風は何なのか?そんな疑問を持つ暇も無く、目の前には衝撃的な光景が広がっていた。
「は?」
何が起こったか分からず目を丸くする男。
それは当然だろう。なぜならその場にいる全員一体何が起こったのか理解できずにいたのだから。
春香もそのうちの1人だった。
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で男を見上げる春香。
男はそんな彼女を見下ろしていた。
そしてふと思った
「なぜこの女は俺を見上げているのか?いや…そもそもなぜ俺の下にこの女はいるんだ?」と。
しかし男がその疑問の答えを思い付く必要などなかった。
なぜなら…
『ドッッッボォオオオオオオン!!』
その答えは直ぐに自身の体で知ることになったからだ。
「え?」
まるで縫い付けられたように、その場から動けない春香は真っ白な頭でその光景を見ていた。
……物凄いスピードで自分の目の前まで迫って来ていたバイク。
死を覚悟した…しかし、小さな影と光が一瞬見えた瞬間に巻き起こった突風が、まるで自分を守るかのように吹き荒れ、気が付くと迫りくるバイクは消えていた。
一体何が起こったのか?
呆気にとられたまま、何となく空を見上げた…そして男と目が合った。
宙を舞う男…そして重さ100キロ以上はあるであろうバイクが、自分を空高くから見下ろしていた。
まるで空高く投げられたボールの様に、軽々とゆっくり宙を漂っていた。
だが…男とバイクが丁度川の真上に辿り着いた瞬間、再び春香の視界から消えた。
そして大きな落下音が水飛沫と共に響き渡った。
「我が剣は全ての厄災から主を守る。何人たりとも春香殿を傷付ける事は許さぬと知れ」
背後から聞こえた声で我に返った。
そして何が起こったのか理解出来た春香は、声の主を探した。
「お怪我はありませんね?春香殿」
「ミクロ君…ミクロくぅううん!!」
目立たぬようコテツの陰に体を潜めながら、カチャンと腰に下げだ鞘に剣を仕舞う騎士。
その姿は誰もが魅入ってしまう洗練された動き。
流石一国の騎士団をまとめていた騎士団長と言える、一分の隙も無い完璧な動作だった。
「ふふっ、申したはずです。このミクロ、何時如何なる時もあなたをお守りする…んぐぅ!?」
「うぇえええん!!怖かったよぉ!!ありがとう!!ありがとうミクロくぅうううん!!」
「まっ!は…はるか…どの!いっ…息が…で…できませ…!!」
よっぽど怖かったのだろう、春香は涙を流しながら助けてくれたミクロに礼を言い、そしてその胸に力一杯小さく大きな背中をした騎士を抱きしめた。
「大丈夫か!?お嬢ちゃん!!」
そんな春香に突然誰かが後ろから声をかけた。
ビクッと体を震わせた春香は、ゆっくりと後ろを振り返った。
「怪我とかしてないか!?警察と救急車がもうすぐ来るからもう大丈夫だぞ!!」
そこには通行人の大人が数人立っていた。
おそらくひったくりの現場を見た人達だろう。
男性が言ったことを裏付けるように、徐々にパトカーと救急車のサイレンの音が近づいて来ているのが聞こえた。
それを聞いて春香はホッとして肩の力が抜けた。
「いやぁそれにしても凄いなお嬢ちゃん!!まさかバイクごとひったくり犯を投げ飛ばしちまうなんてなぁ!!」
「え!?」
「本当にすごいわぁ!あなた何か武術でも習ってるの?良ければ私の息子にも教えてくれないかしら!」
春香を前にして興奮気味で湧き上がる通行人達。
どうやら遠くから見ていた彼等には、春香がひったくり犯を撃退したと思っているようだ。
頭の処理が追い付かない春香を尻目に、彼等はまるでヒーローを見るような目で春香を見て話し続ける。
「いや、あの…ちが…私じゃなくて、あの…ミクロ君!?」
自分の話を聞いてくれない大人達に困り切った彼女は、自分の胸の中にいる騎士に助けを求めようとしたが……
「あれ!?ミクロ君!?ミクロ君!!」
そこには誰もおらず、コテツの姿も消えていた。
「あのちょっと良いですが!?私○○新聞の記者ですが!!」
「私は××テレビの者なんですが、あなたがひったくり犯を撃退した女性ですか!?」
いつの間に来たのか?気が付くと春香の周りには大量の報道陣が集まっていた。
ひったくり犯を素手で撃退した女子高生見たさに野次馬達も集まりだし、現場は大変な大騒ぎとなっていた。
「え?えぇええええええええええ!!??」
人の海の中にポツンと取り残された春香…
「取材を!」「どうやって犯人を投げ飛ばしたんですか!?」「普段は何か武術をやられいているんですか!?」
困惑する春香を質問攻めにする報道陣たち。
数分後、警察が到着するまで彼等の質問は続いた……
「うぇええん!!助けてミクロくぅうううううううん!!!」
「すまぬ…すまぬ春香殿……」
「くぅん……」
悲痛な叫びをあげる春香を物陰から見つめる二人。
ミクロは自分の無力さに歯を食いしばり、コテツは悲しそうに耳と尻尾を垂れ下げていた。
「うぇええええええええええん!!!」
軍神にもどうしようも出来ないことがある!!