Sideグリン王子
エリザベールとグリンが初めて会ったのは王宮で行われたお茶会の席だった。
伯爵令嬢である彼女は、貴族として完璧な振る舞いを幼い頃からしつけられ身につけていた。
それは将来彼女がグリンの伴侶として生まれながらに決められていたからだ。
だがそうと知らないグリンは、エリザベールの『入念に仕込まれた』仕草と、生まれ持った美貌にすぐに魅了されてしまったのである。
それもあって彼が十五歳の時、王である父とエリザベールの父であるブラックバーン伯爵から婚約の話を聞かされた時、彼は天にも昇る気持ちだった。
しかし実際グリンとエリザベールが婚約を正式に発表できるのは王家の決まりで十八歳になってから。
それまでは時折行われる茶会や舞踏会などで言葉を交わす程度しか許されなかった。
「やっと婚約発表か。長かったな」
グリンは宮廷の広いベッドの上で天蓋を見上げながら呟く。
明日、婚約が正式に発表されればグリンはエリザベールと二人で会うことが許される様になる。
「しかし今日のクレアは傑作だったな」
グリンはベッドの上で今朝の裏庭でのことを思い出しながら嗤う。
エリザベールとのプラトニックな付き合いが続く中、我慢できなかった彼は今までに何人もの令嬢に声を掛けては騙し裏切ってきた。
王族にとって木っ端の田舎貴族など庶民と変わらないが、一応貴族であるが故に貴族令嬢は教育も施されており、相手にするのに最適だった。
その上、関係が終わった後は田舎に引きこもって地方の貴族へ嫁ぐ彼女たちとは二度と王都で会うことも無い。
「本当はもっと前に別れるつもりだったけど、あんな顔を見られるなら父上の言った通り、今日の今日まで我慢してやはり正解だった」
グリンが婚約発表の前にそんな悪辣な行動を繰り返してきた裏には、彼の父であり現王であるレイモンド王の存在があった。
レイモンド王は若くして多数の浮名を流したことで有名であり、彼も若き頃同じように令嬢をもてあそんで居たという。
ただその事実を知るものは少ない。
なぜなら王の悪行を告発しようとしたり反発しようとした者は、ことごとく潰されたからである。
そんな王から、ある意味英才教育をされたのがグリンである。
なので、彼にとって本命であるエリザベール以外は遊びでしか無く、愛してるという言葉で騙したことに一切の罪悪感も抱いていない。
「そもそも次期王えある俺が本当に国を裏切るわけないだろうに。良くもまぁクレアはそんなことを信じたもんだな」
グリンはそう嘲りを含んだ声で言い放つと、ベッドサイドに置かれた酒瓶を手に取る。
明日の前祝いにと取り寄せたこのレイモンド王国で一番と言われる最高級果実酒だ。
「良い香りだ」
グリンは果実酒を注いだワイングラスを鼻先に近づけて香りを一通り楽しんだ後、一気に飲み干す。
本来なら一口一口味わって飲むべきその酒も、グリンにとっては関係ない。
「はぁ。明日が楽しみだな」
グリンの頬が徐々に赤らんでいくと、そのままベッドに倒れ込む。
既に湯浴みを終え、寝間着に着替えていた彼はそのまま目を閉じる。
そして、その日彼は一人幸せな夢を見ながら眠ったのだった。
その裏でクレアの復讐心が既に消火不可能なまでに燃え上がっていることを知らないままで。