巻き込みました
「入って良いかな?」
扉から控えめなノック音の後に更に控えめな声が聞こえてくる。
もし私たちがノックの男に驚いて話を止めてなければ、きっと聞き逃していただろう。
「お兄様?」
「ええ、入ってもかまわないわよウィル」
扉の向こうにいるのはレティーシャの兄であるウィルフレッドだった。
彼は私の返事を聞いてからゆっくりと扉を開くと部屋の中を見回して首を傾げる。
「デリーは居ないのかい?」
「レティと少し秘密のお話があったから、レティーに頼んで皆には夕方まで暇を出して貰ったのよ」
「そうだったのか。また何か悪巧みでもするのかい?」
私より頭二つ分ほど背の高い彼を見上げて私は「もちろん」と笑う。
ウィルフレッドは屈強な人の多い辺境の貴族にしては線の細い青年で、私より二歳ほど年上だ。
私とレティーに昔から振り回されて、何度か痛い目に遭っているというのに、何故か今でも私たちのやることに首を自ら突っ込んでくる。
「それは秘密。でもウィル、どうして貴方まで王都にいるのかしら?」
ハウエル家の跡取りで唯一の男子である彼は、本来ならハウエル家の領地で領地経営の勉強をしているはずである。
未だに婚約者も決まってないと聞いているけれど、もしかすると後を継ぐ前に嫁探しにでも送り出されたのだろうか。
私がその疑問を口にすると、ウィルフレッドは無言で笑顔を浮かべ、何故かレティーシャは複雑そうな顔をする。
「どうしたの?」
「あ、いや……うん、まぁそんな所かな」
「で? 良い娘は見つかったの?」
「うん。まぁ居たことは居たんだけど、相手にされて無くてね」
「ウィルは押しが弱いのよ」
「そうかい? 僕としてはちゃんとアピールしてるつもりなんだけどね」
ウィルフレッドはそう言って頭を掻くような仕草で柔らかく笑った。
優しげなその顔はそれなりに整っていて、彼がきちんとアピールすれば首を縦に振る令嬢も沢山居るだろうに。
「お兄様、それではいつまで経っても思いは届かないですわよ」
「うん、まぁでもその娘にはもう別に好きな人も居るみたいだし、そろそろ諦めて――」
「駄目です!」
「ええっ」
仲の良い兄妹の姿にすさんでいた心が癒やされていくのを感じる。
昔から付き合いのある、いわゆる幼馴染みの二人と一緒に居るのはとても心地良い。
でも、いつまでもこうしては居られない。
「ウィルもせっかく来たんだし、私の復讐計画に付き合って貰うわよ」
私はそう言うと、横に置いていた鞄の中から一枚の紙を取り出した。