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8 はじめに言葉ありき

 黄色い光が赤くなって、濃い青の中に落ちていくまで、僕らはそれを見続けた。僕らはほとんど話さず、それを見た。その全てを。

 

 それは部屋ではなかった。部屋の外には部屋じゃないものがあった! それは僕らを心底驚かせたけど、その全体は僕らを深く感動させた。ドアに『絶対に開けるな!』と誰かが記しておいた理由もなんとなく想像された。この全部を誰かは見せたくなかったのだ。その気持もわからないではない、と思った。見たら…何かが変わってしまうから。

 

 僕も弟もその全部に感動していたけど、弟が先に痺れを切らせた。光が濃い青の向こうに消えて、次いで上半分が薄い青から、下半分の濃い青に近い色になってきた頃、弟は僕を見た。「兄さん」 僕は濃い青を見ていた。

 

 「兄さん、確かにここには…見た事がないものがあったよ。こんな…大きい…広い…部屋以上の…とにかくよくわからない凄い、物凄いものがあるものがわかったよ。開けて…開けてよかったよ。ドアを。兄さん、ドアを開けて良かったよ。今回ばかりは兄さんが正しかったよ!」

 

 「…うん」

 

 「そうだろう、弟よ! アッハッハ」と高笑いしてやろうかと思ったがそんな気にもなれず、沈んだ調子で言った。目の前の全ては暗い色に変わってきていた。それでも、光のあったところはまだ不思議な、赤い色を残していた。それはとても不思議なものに見えた。もう赤い光の丸は見えなくなったのに、まだ赤は残っていたから。

 

 「でも、兄さん」

 

 弟は心配そうに言った。僕は目の前を見続けていた。

 

 「この凄いのが広がっているのはわかったけど…これからどうしよう? 別にこれを見つけたからって、何かが変わるわけじゃない。この向こうに出ていくのは難しそうだし、僕ら以外に人も見当たらないし…兄さん、これからどうしよう? どうしたらいいと思う?」


 弟はいつもの不安げな弟に戻ったようだった。弟も、僕に反発したり、僕を攻撃したりもするが、でもやっぱりこいつも僕と一緒で不安なんだと思った。それで、何かある時に、「どうする?」と聞く癖が抜けないんだ、きっと。

 

 僕は…隣を見た。「簡単な事さ」 楽観的な口調で言った。

 

 「簡単だよ。とりあえず、『これ』に名前を付けよう。そうだ。名前を付けるんだ。まず、最初にやる事はそれだよ! この全てに名前をつけよう。とにかく三つのものに名前をつけよう! あのどこかに行ってしまった強い光と(きっとまた戻ってくるだろう)、上半分の薄い青、それから下半分の濃い青。この三つに名前をつけよう。なにせ…僕らがこれを最初に見つけたんだ。このままだと不便だし、僕らが、僕らが自分達で名前をつける事に意味があるんだ! そうだ、名前をつけよう!」

 

 僕は興奮して言ったが弟は冷静だった。

 

 「でも、僕ら以外に最初にこれを見た人もいるだろう ? あの絵にあったのも同じだし…。僕らだけが見たってわけじゃないんじゃ…」

 

 「そんな事はいいんだ! ここには僕らしかいない。言われている『絵』だってほんとにあったかどうかわからないし、朧気な記憶だしね…。それにその時は名前がなかったんだよ。きっと、そうだよ……きっと。そう、名前をつけよう。僕らは、はじめて凄いものに出会ったんだ。ここには、僕達しかいない。名前をつけようよ。これから何をしていくか、どう生活していくか、どこに行けばいいか、そういうのは後だ。僕は、この目の前の全てを称えたいんだよ! その為には名前を付けるのが一番だと思うんだ。僕は…名前をつけたい」

 

 早口で言った。弟は僕の瞳を覗き込んでいた。何か言いたそうにしていたけど、ふっと諦めた表情になった。

 

 「わかったよ」

 

 弟は笑顔だった。さっきの、ドアの前に立った時と同じ表情だった。

 

 「…うん、そうしよう」

 

 

 

 ……………そうして僕達は「それ」に名前を付けた。部屋にあった鉛筆と紙を使って。僕達は「それ」の名付け親となった。僕達はそれをはじめて見た。その感動を忘れないために、それぞれに対応する名前を考えだした。その名前については言う必要はないだろう。とにかく僕らは名前をつけた。そうして、僕達ははじめて狭い場所から広い場所に出たような気がした。僕らは三つのもの以外にも名前をつけた。そうやって僕達は今までと違う僕らになった。


 …一つだけ教えておくなら、狭い場所と比べて、広い場所、つまり「それ」の全体、全て…青と光で織りなされたそれらを僕達は〈世界〉と名付けた。僕らははじめて〈世界〉に足を一歩踏み出した。そうやって僕らは生まれてはじめて、自分たちが生きていた場所とは違う何かにたどり着いた気がしたのだった……………



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― 新着の感想 ―
[一言] 世界に対する祝福なのか、人間の物の捉え方に対する皮肉なのか、どちらとも取れる不思議なお話でした。
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