7 「それ」
僕と弟は「それ」に圧倒されていた。「それ」はどう言ったらいいだろう。
僕と弟は開いたドアの前に突っ立っていた。その外側には部屋はなかった。部屋…僕らにとっての全ては存在しなかった。代わりにあったのは、とてつもなく遠い、広い、果てがない、そういうものだった。
それは物凄い奥行きで、どんなに広い部屋よりももっと大きい何かだった。それは、二つのものに別れていた。上半分は薄い青色で、ところどころ白いものが混じっている。白は、ゆっくりと動いていた。下半分は濃い青色で、全体が動いているようだった。おそるおそる覗いてみると、下の濃い青まではかなりの距離があった。そこに落ちてしまったら、助からないだろうと思った。僕が覗きこんでいると「危ないよ」と弟が僕を手前側に引っ張った。濃い青の表面は揺れ動いていて、それは紋様か何かに見えた。
上半分の薄い青の中には、黄色い光があった。部屋にあった明かりとは比べ物にならないくらいの強烈な光で、それがどんなに強烈なのかは説明してもきっと伝わらないに違いない。僕らはその光に圧倒されて、しばらく目をつぶって耐えたけど、やがて段々と目が慣れてきた。それはどういう力でかわからないけど浮かんでいて、色々な方向に強い光を放っていた。下の濃い青色は、上の光を跳ね返してか、ところどころでピカピカと光っていた。そんな揺れ動く細かな光は今まで見た事がなかった。
僕らを圧倒したのはなんといってもその大きさだった。その奥行き、広さ。どんな大きい部屋を想像してみても、それよりも遥かに大きい、遥かに遥かに大きい、そういう場所。全てがまるで生きているかのように揺れ動いて、変化していっている様、それも僕たちを圧倒した。それらは部屋の中の物と違って変化していて、明るくて、広くて、生きているようだった。(もしかしたらこれは全部生物なのかもしれない)と思ったぐらいだ。あるいはそれは本当に生きているのかもしれない。僕にはわからない事が多すぎた。
僕と弟はそうしてじっと見ていた。それは見飽きる事が決してないものに思えた。(こんなものが! こんなものがあるなんて!)と心の中で僕は何度もつぶやいた。じっと見ていると、隣で弟がふいに
「絵だ」
と一言言った。僕は「うん?」と聞き返し、「今、なんて言った?」と聞いたら弟は目の前を見たまま言った。
「絵だよ。兄さん。絵にあったのはこれだ。『これ』なんだよ。絵にあったのは…。あの青い色はこれだったんだよ。今、わかった…」
僕は言われてみるとそんな気もした。そうだったのだろう。きっと。…絵か。弟の記憶にあった「絵」は「これ」だった。…でも、僕は驚かなかった。だってこんなものを見てしまったら、それを何かに記しておきたいと思うのは当たり前の感情だと思ったから。きっと誰かがこれを見て、記しておいたんだろう。何かの方法で。
僕らはそうやってずっとそれを見ていた。遥かな、遥かなそれ。上半分の白いものは緩やかに動いてどこかに行って視界から消えてしまったが、また新しい白が現れた。強烈な光の丸いものはほんの少しずつだけど、下に落ちていった。それと共に、光の色が赤っぽくなっていくのも感じていた。それに反応するように、下半分の濃い青もうねって独特な色合いになって、なんだかもう全てが素晴らしかった。
「兄さん」
隣で弟が突然言った。僕は「うん」と言った。
「素晴らしいね」
「うん」
「兄さん」
弟は僕を見た。弟は泣いていたらしく、目の下には涙の痕が見えた。
「本当に素晴らしいね」
「うん」
僕は力強くうなずいた。僕らはそれをいつまでも見つめていたかった。そんなに素晴らしいものがあるなんて、これまで夢に思わなかった。「それ」が今、僕らの目の前にあった。