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3 絵

 僕らはそんな感じで弟の部屋を見回った。僕達が生活していく上で必要なものは揃っているようだった。といっても、その「必要」は僕のうっすらした記憶の中にある部屋、以前に自分が生きていた部屋にあったものがここにもあるという、そういうぼんやりした感覚によるものだったけれど。僕は弟に言った。

 

 「なあ、ここでやっていけそうだな」

 

 「うん。大丈夫そうだね」

 

 弟は言って、キョロキョロ回りを見回した。…確かにここには僕達が生きていける全てが揃っている。僕は言った。

 

 「なあ、以前も僕らはこういう部屋にいただろう?」

 

 弟は言われると僕の目を見た。少し考えると、うなずいた。弟もまた何かを思い出していたようだった。

 

 「前に生活してた部屋って覚えてる?」

 

 僕は聞いてみた。気になってきたのだった。「なんでもいいから思い出した事は言って欲しい」 弟は首をひねって考え込むと、口を開いた。

 

 「言われてみると…そういえば、前は、『絵』が飾ってあった気がする」

 

 「絵? 絵?」

 

 僕は言われて、混乱した。絵? …確かにそういうようなものがあった気がするけれど、それはものすごく朧気な記憶で、『絵』が何を意味するのかよくわからなかった。

 

 「『絵』ってなんだっけ?」

 

 「僕も覚えてないけど…壁に置いてあった気がする。いや、ぶら下げていたのかも…。それで、それを兄さんがいたずらして、怒られたんだよ。誰かに…。誰かに怒られて…誰だっけ? それで、兄さんは絵に『こんなものがなかったらいいのに!』と言ってた。それをよく覚えてる」

 

 「そうだっけ? そんな事…よく覚えてるな。それで、絵ってなんだ? なんのためのものだ?」

 

 「うーん、よくわからないけど、とにかく壁に置いておくものだった気がする。そこでそこには何か、色々な色が混ざっている感じで…つまり、こういう灰色の服みたいな、一色のものじゃなくて、何種類かの色が混ざっていて…。確か、青が入っていた気がする。青い色が強かった気がするけどで、はっきりと覚えてない…。それで、『絵』は怒った人にとってはとても大切なものだったような…それで怒った気がするけど…ごめん、よく覚えてないや」

 

 「そうか」

 

 僕は考え込んだ。弟も考え込んだ。少しして、「その怒った人って誰だっけ?」と聞いてみたけれど、弟は「ごめん、覚えてない」と言った。そこでそのやり取りは一旦終了になった。

 

 僕らは尚も探索を続けて、弟の部屋が僕の部屋と全く同じだという事だけ確かめた。僕は弟を自分の部屋にも入れて中を見させたが「同じだね」と言っただけだった。僕らは話しあって、生活は弟の部屋で行う事にした。誰がそれぞれの部屋を用意したのか知らないけど、バラバラに分かれて生活するのは心もとない。だから弟の部屋で一緒にいる事にした。というか、弟と同じ部屋に前は住んでいたというぼんやりした記憶があったからそれにしたがったまでだった。弟にそれを話したら

 

 「うん、僕も同じ」

 

 と言っていた。そういうわけで僕は弟の部屋に移った。

  

 ※

 

 部屋は三つあった。一つは僕の部屋、もう一つは弟の部屋。だから、三つ目の部屋についてはまだ触れていないけど、それは後から話そうと思う。実は弟とそこも探索はしたんだけれど。

 

 僕らは一通り探索すると弟の部屋に戻って、缶の食物を取る事にした。二人で一缶を分けた。それを食べると、喉も渇かない。僕らは棚に置いてあった小さく掬う事ができる木製の道具を使って分けて食べた。それは休息の時間だ。僕達はホッとした気持ちになった。

 

 弟は食べ終えると、そこらにゴロンと寝転がった。下は柔らかい生地で出てきていて、以前僕らがいた部屋はこんな風に柔らかくなかった気がする。僕は弟に声を掛けた。

 

 「なあ、あのさ…前の事、覚えてる?」

 

 「前?」

 

 弟は天井を見ていた。

 

 「うん、僕らが前に住んでいた部屋。確かにこんな感じだったけれど、でももっと違う場所だった気がするんだよ。もっと、みすぼらしかった気がする」

 

 「……そうかな」

 

 弟は考えていた。僕は答えを待った。

 

 「……確かに、そうかも。もっと部屋が狭かった気がする」

 

 「なあ、どうして今、僕達しかいないんだろう?」

 

 僕は聞いてみた。気になっていた問いだった。

 

 「前に住んでいた時は誰かいただろう? はっきり覚えていなくても…誰か、年上の人が二人いたはずだ。男と女が一人ずつ。それでどっちかがどこかへ行っていた気がするけど……あれはどこに行っていたんだろう? うーん、どうして今、二人なんだろう?」

 

 「どうだろうね」

 

 弟はまだ天井を見ていた。何か思い出しているのかもしれなかった。

 

 「確かに誰かいた気がするけど。でも、あんまりちゃんと覚えてないからなあ。兄さん、もしかしたらその時も誰もいなかったのかもしれないよ。その時から、二人だけだったのかもしれない」

 

 「そんな事ある?」

 

 「…ううん、言ってみただけだけど」

 

 「それだったら、絵の話は? それははっきりと覚えてるんだろ? 僕に怒った人がいるんだろ?」

 

 「うん、いた気がするけど…」

 

 弟は歯切れが悪かった。といっても、僕もよく覚えていないから、弟の気持ちはよくわかった。思い出そうとすると頭に靄がかかって、ぼんやりした感じしか思い出せないのだ。

 

 「なあ、どうして二人だけになったんだろうなあ?」

 

 僕も寝っ転がった。以前にも弟と二人、こんな風に寝っ転がった気がする。

 

 「さあねえ」

 

 弟は言った。僕らはやる事がなかった。僕らはそのまま寝転がっていた。

 

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