十七歳・残された日々(9)私の知らない情景
作中、喫煙シーンが出てきますが、未成年の方は決して真似をしないで下さい。
「あ…また煙草、吸ってる……」
その時、私はつい言葉にしてしまった。
彼はどこに隠し持っていたのか、いつの間にか煙草を口にくわえている。
「どうしてそんな顔するの」
火の点いた煙草を指で挟んだまま、彼はそう言った。
私は、未だ彼の喫煙風景には目を奪われてしまうらしい。
彼の持つ陰に煙草という小道具はよくマッチしている。
そして、それを吸う時の彼の表情はストイックというのか、一種セクシーさすら漂わせているように思えるのだった。
「守屋君て……いつから煙草、吸ってるの」
「中学あがった頃から」
眉一つ動かさずそう答えると、彼は一息白煙を吐いた。
むべなるかなという答えではあるものの、ほんとに。
私は呆れ顔をしながらも何となく、彼の傍らに投げ出されている煙草を一本、手に取ってみた。
そして、それを指で玩びながらふと、遊び心で口にくわえようとした時、横から彼がそれを取り上げてしまったのだ。
「女の子が煙草なんて吸うもんじゃないよ」
「いいじゃない、一本くらい」
「ダメ」
「自分はヘヴィスモーカーのくせしてえ」
「俺はいーの、男だから」
「何で女の子はいけないのよ」
人前で、ましてや男子の前で煙草なんて吸うつもりなど更々なかったのに、成り行き上、引き下がれなくなってしまった。
そんな私に彼は一言、言ったのだ。
「キスした時、男としてるみたいだろ」
私はとっさには何て返していいのかわからない。
「じゃあ。守屋君って男同士でキスしたことあるんだ」
それでも、ジョークのふりして言ってみせる。
「そう。俺、ホモセクシュアルなんだ」
「それでどうして女の子とキスしたりするのよ」
「実はバイセクシャルだったりして」
ジョークなのか本気なのかわからないような言葉を、淡々と彼は口にする。
そして、次の瞬間。
彼の瞳が私を捉えた。
彼の視線と私の視線とが奇妙に交錯しながら、その場の空気が一瞬にして変わってしまったことを、私は悟った。
彼の表情が、変わる。
薄いフレーム越しに心持ち目を細めた彼の顔が、すっと近づいてきたかと思うと、まるで私の気持ちを探るかのように私の口唇を掠め、そして離れた。
逃げる暇もない一瞬のその出来事を、私は瞳を開いたまま、身動きもせず受け入れていた。
そして私は、再び彼の瞳の中に、自分の姿を見る。
彼は片手でゆっくりと、眼鏡を外した。
彼の膝の上にあった彼の右手が私の首元にかかり、彼は今度こそ私の口唇を覆ったのだ。
それは、あの冬のものとは比較にならない口づけだった。
脳髄の奥へと血が昇ってゆくかのような感覚を、私は感じている。
ヘヴィな、長く、狂おしいその接吻を、私はどうしていいのかわからずに、ただありのまま受け入れていた。
なにも、何も考えられない。
ただ私と彼だけが在る。
そんな時間が流れてゆく……。
しかし、私は。
私は、その次に訪れるべきことを知らなかったのだ。
どうして……。
どうして、こんなこと、するの……?!
私は度を失っているに違いない。
何も考えられず、今、何が起きているのかも私には、わかっていないのかもしれない……。
躰の力は抜けてゆくかのように、ただ微かに震えている自分を意識しながら、私は今更のように、彼が男であったことに驚いていた。利き腕でもないのに彼は、左手で器用に私の自由を封じながら、物慣れた仕草で私を探ってくる。
言葉も出せずにいるのに私は、吐息に近い声が漏れ出そうになるのを必死で抑えている。
時折むずがるように顔を背けながら、流れてゆく時を受け入れることも拒否することさえ出来ないまま、ただひたすらに堪えている。
それは、私の知らない情景だった。
ラストシーン(10)(11)は、本日お昼頃、更新予定です。