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十七歳・残された日々(4) 受験生の現実

「あ、守屋君」

「……神崎さん」


 体育祭の翌々日の放課後。

 きちんと折り畳まれた彼の学ランが入っている白い紙バッグを手にして、私は靴箱の前で彼を待っていた。

「これ、ありがと」

「クリーニングしてくれたの」

 中を覗いて、彼は、

「そんなことしなくても良かったのに」

 と、呟いた。


「どっち帰んの?」

「え、久麿くま大裏から国道に出るけど……」

「じゃ、途中まで俺と同じ」

「守屋君、チャリじゃないの?」

「チャリは超遅刻用の時だけ。いつもは歩きだよ」

 そんな会話を交わしながら、彼と私は並んで歩き出していた。

 彼と一緒に歩くのは何も初めてではないのに、私はやはり意識している自分を感じている。

 制服姿の彼と並んで帰るなど、予想も出来なかったシチュエーション。


「ベンキョーしてる?」

 彼がおもむろに口を開く。

「そうね……。まあ、何とか」

「不調なの?」

 一言軽く尋ねてきた彼に、私は思わず目を伏せながら微かに頷いた。


 春休みを物思いに耽っている内に、とうとう何の準備もしないまま受けてしまった三年最初の実力考査の上位者一覧に、私の名前はなかった。

 数学・化学に世界史と、三科目にわたる私の点数はかなり悲惨なものだった。

 私はそのショックから未だ完全には立ち直れずにいる。


「私ってさ、ダメなのよね。一回落ち込んじゃうと、とことんまでのめりこんじゃって。勉強しててももう、駄目かな、なんて……」

「神崎はさ、繊細すぎるんだよ」

 彼は穏やかにそう言った。

「何でもきちんと完全にしないと済まない性格、してんじゃん。それで人前では絶対弱みを見せまいとして」


 彼は呟く。


「そのくせどっかもろいだろ」

「守屋君……」

「あんまり気を張るなよ。まだ三年なったばっかだしさ。ま、ほんとは神崎さんにエラソーなこと言える立場じゃないけどな、俺は」


 そう言うと、彼は笑った。

 緑で囲ってあるグラウンドの角まで来て、彼は左に、私は右へと別れた。


 繊細……。もろい……。


 国道へと通じるその裏道を一人歩きながら、私は彼と交わした短い会話の全てを何度も心の中で反芻している。

 女友達でさえ、私のどうしようもなく弱い心のひだを理解してくれている人間が、果たして何人いるだろう。

 私はいつも独立独歩の、涙など見せない女だと思い込んでいる友人の方が大半のような気がする。

 そう振る舞っているのは、確かに私自身かもしれない。

 けれど、彼は、そんな私の虚勢をも見抜いていたというのだろうか。


 いつ……どうやって────── 


 そう考えて、私は、改めて彼の真実を思い出していた。

 彼は、世慣れた遊び人……。

 そして、彼は。

 ただ一度だけとはいえ、私の口唇くちびるをしっている……。


 国道沿いでバスを待ちながら、私は彼のことだけを考えていた。

 何故、ダンスに誘ったりしたの。

 どうして……優しいの……。

 彼にはっきりとそう聞けたら。

 もう心を偽ることはしたくない。

 私は彼を愛し、のみならず、彼の愛を得たいと、そう欲している。


 けれども結局、私はそんな自分を持て余すだけ。

 体育祭は終わった。

 彼と私を繋ぐものは再び何もなくなってしまった。

 そしてまた、受験一色の日々に戻ってゆく。

 次の日曜には模擬試験も待っている。

 結局、地道にただひたすら勉強するしかないのか。

 この時期に恋をしようなどと思う方が間違っているのか……。

 疑問に思うことだらけなのに、答えなど出るはずもない。

 そして、これが受験生の現実というものかもしれない。

 それは私にもわかっている。

 けれど、やはり割り切れない想いを私は抱えていた。


 私は自分に正直に生きてみたかった。

 飛べない自分はもううんざり。

 可能性を信じてみたい。

 種々の欲求を私は秘めていた。

 しかし多々、理想と現実のギャップに打ちのめされているのも、哀しいかな事実だった。



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