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十七歳・残された日々(10)自分の中の女

 私は。

 私はどうして女なんだろう……。

 哀しいくらいに自分が女であるということを、彼という男を通して、私は認識している。

 冷たい彼の手を口唇くちびるを白い素肌で感じた時、私は言いようのない感覚を覚え、そして私ははっきりと、自分の中の女を見たのだ。


 守屋君……。

 彼は、私の胸中からふと顔を上げると、私の顔に手を当て、前髪をかきあげていた。無言のまま、彼は愛おしそうに私を見つめている。


  ──────見ないで。

 そんな瞳をして私を見ないで……!!


 彼の微妙なその表情に堪えられなくなり、私は仰け反るように顔を背け、瞳を閉じた。

 そんな私の背中に彼は両腕を滑り込ませると、次の瞬間、息も出来ない程の力で私を抱き締めたのだ。

 その瞬間。

 私は、身の内を何かが走ったような、気がした。


 彼は。

 彼は本当に私の姿をみているのだろうか……。

 私は、凍り付くような、その想いに囚われている。

 彼の瞳は私の瞳を通り越し、その奥に亡き彼女の幻を見ているのではないか────── 


 その時。


「やだっ……!!」


 私は痛みともつかないそれを感じた。

 その声に、彼はゆっくりと口唇くちびるを離した。

 けれど、私の理性は目覚め、それが私の限界だと私は悟った。

 仰け反るように私は彼から身を離し、横座りになった。空気が硬直して、私は途端に羞恥心に居たたまれなくなる。

 私には彼の顔が直視できない。ただ、背中で彼の雰囲気を感じている。彼はきっといつもと変わらない無表情を装っているに違いないと、私は思った。


「見ないで。暫く向こうを、向いてて……」


 私の言葉に彼は黙って背を向けた。私はのろのろ乱れた衣服を整える。

 その間中。私達はふたり終始、他人であった。


 そして。

 先程の痛みの原因と結果を、私は我が肩の上に見た。

 それを発見した時、私は一種衝撃に近い感情を覚えた。

 赤紫色に変色しているその部分は、紛れもなく彼の口づけの跡だった。くっきりと、刻印のようにさえ見えるそれは、私にとってグロテスクとでも言うべき醜悪なものでしかなかった。

 それが首筋などでなく、衣服に隠れ見えない所につけられているという事実すら、私には堪えられないような気がしている。

 どうして……。

 どうして彼だけがこんなにも冷静なのだろうと、私は逆恨みにも似た感情を抱いていた。


 これが彼の愛の証明だとでもいうのだろうか。

 この痕跡が消え去るまで二日近くの時を要するということを、この時の私は知らない。

 彼にとっては恐らく些細な出来事でしかなかったろうに、私にとっては何もかも全てが未知の情景だった。

 男の顔をしていた彼と、女の顔をしてしまった自分とを、何処かへ葬り去ってしまいたいと心底思う。

 自分の気持ちすら掴めないのに、ましてや、彼の心など知る由もない。


 どうして……。


 音楽が消え、愛の昂ぶりが消え去った後の部屋は、不気味なほど静まりかえっている。ただ再び、エアコンの機械音だけが、私の耳に障っている。

 あの穏やかだった時間とは裏腹に、息詰まる空気が冷ややかに二人を包んでいた。


「アソビだったら他のを誘って。私なんか抱いたって、面白くないでしょ……」


 心に浮かんだことをそのまま、私は口にしていた。

 私にはしょせん、無理なんだ。

 私はやっぱり飛ぶことなんて、出来ない。

 私は……。

 それ以上は言葉もなく、私は彼に背を向けていたはずだった。それなのに彼は、微妙な私の雰囲気を見抜いてしまったらしい。


「泣くなよ。……な」


 彼の初めての言葉を私は虚ろに聞いていた。


「神崎が泣いたら俺、どうしていいかわかんないよ……」


 そう言いながら彼は手を伸ばし、無造作に私を抱き寄せ、私の顔を自分の胸へと引き寄せた。

 彼から男の気は完全に失せていた。

 彼はそっと私の頭に手を当て、時折優しく髪を梳いてくる。

 私は、訳のわからぬ涙で彼のTシャツを濡らしながら、子猫のように大人しく彼の胸に抱かれていた。



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