青空を想う
晴輝視点入れたから短編にならなかったという…
俺は、久我山大地ほど大らかで、優しくて、アホな人間を知らない。
小さい頃の大ちゃんは、今より更にぼんやりとしていて、まだ目つきも怖くなかったから"くまさん"のようだと思っていた。
ボーッと周りの様子を眺めては、にっこりと笑う。
そんな大ちゃんが俺は大好きで、なんだかとても落ち着いた。
俺のめまぐるしい世界の中で、たった1つの綺麗な色だったから…
両親はいつもせかせかと仕事で忙しい人だった。
そして2人とも、その身のうちに隠すものがいつも複雑で、ぐちゃぐちゃになっていた。
俺の前では取り繕って居たけど…上手くいってなかったのだ。
綺麗な顔で笑う癖に、黒くて、モヤモヤで、激しい色が入り乱れる母は怖かった。
父は俺を可哀想だ、哀れだと喋らなくても、その全身で俺に伝えていた。
だからだろう、そのいつも穏やかな空色の側では、唯一心安らぐように感じていたのだ。
大ちゃんの感情は、そのまま空模様のようだった。
基本穏やかな空色。
嬉しいこと、楽しいことが起こるとそれに合わせて金や銀のキラキラがかかる。
落ち込むと少しグレー掛る。
そして悲しくなると…紫色の暗雲が立ち込める。
でも、何故か大ちゃんの感情には暗く濃い色がなかった。
たぶんボーッとしてるからか、あまり強い負の感情に囚われることがないんだろうなって思った。
事実、大ちゃんはとてものんびりしていた。
『雨が降るから部屋に入ろう』
『今、先生機嫌が悪いから近づかないでおこう』
『こっちのリンゴが美味しいよ』
そんな俺の言葉を何一つ疑わずに信じ、従うのだ。
他の子なら俺がそう言ったことを言えば、まず『なんで?』と言い返す。
自分の意思が弱いのだろうか?
そんなことも思ったが、嫌なことには存外素直に首を振る大ちゃんに、それは違うと思い直した。
でも、そんなことはちっぽけで、どうでもいいことであった。
"大ちゃんなら受け入れてくれる"
それが俺にとっては何よりも大きかったから…
俺の病気のことに一番に気がついたのも、それによって最初に壊れたのも母だった。
『さわらないで化け物!!あんたなんか居なければ私は…』
そう言って俺を叩き、醜く歪んだ母が脳にこびりついて離れない。
怒り、憎しみ、悲しみ、妬み、恐れ…挙げだしたらキリのない強く激しい色で塗り固めた拒絶。
そうして精神を病んでしまった母は、仮面夫婦をあっさり解消し、去っていった。
でも、そんな色を示したのは母だけじゃない。
大人は特に笑顔を繕いながら、"異質なもの"を顕著に忌み嫌った。
同じ反応なら、まだ素直に表情に出す子供の方がマシだった。
感情は発露を見つければ、ほんの少し色が和らぐから…
ぐちゃぐちゃに汚く塗りたくった感情を見るたび、母の姿を思い出す。
どうしようもない息苦しさと、心に突き刺さるような痛みが俺を襲う。
自分もあんな色に染まってしまうのではないかと、酷く怯え、恐怖した。
そんな時でも俺に寄り添ってくれるのは大ちゃんで…
やはりそこには拒絶の色はどこにもなくて、何も言わないその背中が、やけに頼もしくて、暖かかった。
だから余計にだろう。
あの日、俺のために暴れた大ちゃんの色は、今でも忘れられないくらい怖かった。
何もかもを飲み込むような黒にほど近い群青色…
淀んだ赤も仄暗い緑もすべて覆い尽くすほどのその色が、見てられないくらい痛々しくて…
泣き叫んでいるように見えた。
自分のせいで、大ちゃんも黒く染まってしまうのかと…
言いようもない恐怖で押し潰されてしまいそうだった。
それ以来、大ちゃんは俺の前で、負の感情をコントロールするようになった。
そう、コントロールしてるだけで、全くないわけじゃない。
現に、中学に入ってからずっと、大ちゃんはその心の奥にずっと仄暗い色を飼い続けている。
「ねぇ、アレ…」
「げっ、久我山じゃん。アイツ、この間も隣の学校の奴と騒ぎ起こしたんだろ?こわぁ〜」
同じクラスの奴らのそんな言葉に釣られて、窓の外へと視線を落とす。
グラウンドを歩く、一際目立つ1つの影。
日に透けてキラキラと光る、俺なんかより明るい髪。
もう170後半まで伸びたらしいがっしりとした身体。
こちらを見上げていたらしい鋭い目が、僅かに見開かれ、再び機嫌悪そうに前を向く。
お腹空いてるのか…
「睨まれた〜」なんて騒いでる他の奴の声の中、そんなことをぼんやりと思う。
大ちゃんが金髪に染めたのは、俺が風紀の先生に地毛のことをねちっこく注意された次の日だった。
大ちゃんが必ずサボるのは、俺が感情に当てられて、保健室で休んだことを嫌味っぽく注意された直後だった。
大ちゃんが喧嘩するのは…たぶん、俺の噂に信ぴょう性を持たせるため。
本当は誰よりも優しくて、穏やかで、"森のクマさん"みたいな奴なのに…
ただの腐れ縁の幼馴染の平和を、少しでも保とうとする俺の、アホなヒーロー。
こんな人間、どこを探しても見つかる気がしない。
「…ま、表面しかわかってない奴にはわからなくていいけど。」
「…えっ?」
俺の小さな呟きに、驚いたように隣から声が聞こえたが、俺はそれを無視して廊下へと出る。
あの噂が出回ってから、皆手のひらを返したように俺を遠巻きにし、話しかけてくることはない。
が、最近は、それがちょうどいい気もする。
「大ちゃん。」
予想通り。
昇降口から階段を上がってきた大ちゃんが、きょとんとした顔でこちらを見上げた。
まさかさっきの今で、待ち伏せされてるとは思ってなかったらしい。
「…俺と喋ると面倒だぞ。」
「生憎、これ以上話し相手は減りようにないからね。」
そう言って笑えば、大ちゃんは困ったように眉を寄せた。
「昼休み。図書室だからね?こないだみたいにサボったら、次からわざわざ迎えに行くから。」
「…なんでそこまで。」
「一緒の高校行くって約束したでしょ?」
そう言うと、大ちゃんはバツの悪そうな顔をしながらも、どこか嬉しそうな色を描く。
…あぁ、やっぱり。
子供の頃から変わらない、そのキラキラとした空の色は、いつまでも変わらない俺の宝物。
若いからこそ覚える大人へのなんとも言えない感情。
大人になるとあの頃感じた大人の理不尽さとかずるさって、忘れてしまうんですよね。
自分のことを棚に上げて、まだ若いこれからの子たちに、平気で『まだ子供なんだから』と言って制限を与えてしまう。
大人になり、大人の考えや立場、事情もわかるようになった今だからこそ、敢えてあの頃のそういった感情を書いてみたいと思っていました。
それに共感覚というテーマが絡んだのは本当に偶然ですけど。
共感覚もまた、ずっと書いてみたいと思ってたテーマでした。
彼らの見てる世界を私は想像することしか出来ませんが、それでもその美しく稀有な感性の一端を上手く書けていたら嬉しいんですが…
まぁ、そんなこんなでできた作品です。
短編では珍しく、自分が書きたい作品を書きました。
そして、やはり自分では文章が未熟だなと痛感しつつも、内容としてはかなり自分好みになり満足しています。笑
ただ一点。
…試しで読んでもらった友人に、
「これ、BLで想像するとヤバイね!」
とキラキラ顔で言われたことは解せません。
そういった妄想を脳内でするのは構いませんが、これはあくまでそういった作品ではないことをここに宣言しておきます。笑
以上、長い後書きでした。
ありがとうございます。