私に惚れ直してくれ
速い。
風のように軽やかな動きだ。
豪奢で重そうな甲冑をまとっているのに、短距離走のスプリンター並みのスタートダッシュである。
これには大トカゲも驚いたようで、「キェッ!?」と短い警戒音を口から発する。……そして、それが奴の断末魔となった。
イングリッドが大トカゲの正面に立った時、すでに剣は振り下ろされていた。
一刀両断。
2メートルの大トカゲは、綺麗に1メートル&1メートルの肉隗となった。
荒れ狂う激流を思わせる破壊力と、針の穴を通すような精密な狙い。
まさしく、聖なる騎士の名に恥じない、見事な剣撃だった。
まあ、本人曰く、聖騎士はやめたらしいが。
イングリッドは、汗一つかかず、こちらを振り返る。
「どうだ。惚れ直してくれたか?」
「だから、別に最初から惚れてないってば……」
「ふふふ、ツンデレというやつだな。わかるぞ」
ツンデレではないが、実際、素晴らしい剣さばきに、若干心がときめいたのは事実だ。しかしそれを正直に言うのは少々癪だったので、集落の中央に視線を逸らせる。
どうやら、大熊と大トカゲの戦いもクライマックスのようだ。
お互いに疲れてきているのか、動きが鈍っている。恐らく、次の一撃で勝負が決まるだろう。
先に動いたのは、大トカゲだ。
先程俺にしたように、口をがばりと開いて、圧縮された水の大砲を、大熊の頭に向けて勢いよく発射する。
いかに頑強な熊でも、至近距離であの水の砲弾を頭部に食らえば、ただでは済まない。どう防ぐのか見ものだ。
巨体を揺すってかわすのか、それとも腕を上げてガードするのか。
そのどちらも、大熊はしなかった。
自ら水の砲弾に向かって行くように突進し、当然の帰結として、砲弾は大熊の頭部を直撃する。
馬鹿な。
自殺行為だ。
大熊の頭は、砲弾が炸裂した勢いでちぎれ飛び、天高く舞った。
……いや、待て待て。
いくら水の砲弾が強力とはいえ、熊の太い首を切り離すほどの威力があるとは思えない。
そんな威力があれば、さっき俺が攻撃を食らったとき、精霊の服でダメージを和らげたとしても、致命的な重傷を負っているはずだ。
俺は、目を皿のようにして、いまだ宙を舞っている大熊の頭を見る。
よく観察すると、血肉のようなものがまったく飛んでいない。
そこで、気がついた。
これは、兜だ。
熊の頭部を、剥製のように外側に取り付けた、鋼鉄製の兜だ。
ガラン、ゴロゴロ……
熊の兜が地面に転がるのとほぼ同時に、何かが潰れる嫌な音がした。
音の方向に、目をやる。
大熊の胴体から伸ばされた、丸太のような逞しい腕、その先端の拳が、大トカゲの頭を打ち砕いていた。
大トカゲは、悲鳴を上げる暇もなく、そのまま地面に崩れ落ちる。
凛とした強い意思を込めた声で、大熊は言った。
「邪悪竜の眷属め。私がいる限り、この集落をお前たちに蹂躙させたりはしないぞ」
それは、思っていたよりずっと若い、青年の声だった。
改めて、大熊の(いや、もう彼が本当の熊ではないとは分かっているが)姿をよく見る。
よく日に焼けた肌をした、黒く短い髪の、原住民の青年だ。
熊の兜と同じく、体にも熊の毛皮を縫い付けた鎧を身に着けており、それで熊に見えたのだ。




