スーリア地方へ
俺とレニエル、そしてイングリッドの三人は、準備を整えると、件の邪悪竜とやらが復活したという、スーリア地方へと出発した。
スーリアは、商業都市アルモットよりかなり南方にある、湿地の多い地域である。
文明レベルはあまり高くなく、交易もほとんどおこなわれていないので、大きな都市は存在しない。代わりに、小規模な集落があちらこちらに点在しており、原住民が素朴な生活をしているそうだ。
そんな人々が、冒険者ギルドを通してSOSを求めてきたのだから、よっぽどの非常事態なのだろう。俺たちは一日でも早く、スーリアの依頼主の元にたどり着こうと、旅路を急いだ。
急いだのだが……
「まずいなこれ。完全に迷ったぞ」
アルモットを出発してから早三日。
すでにスーリア地方には入ったのだが、俺たちは鬱蒼としたマングローブの林の中を、もう半日はさまよっている。
くるぶしまで湿地のぬかるみに足を埋めながら歩き続けているので、普段の倍は疲れ、正直へとへとである。
俺は、大きくため息を吐いて、倒木の上に腰を下ろした。
それに倣い、レニエルとイングリッドも同じ倒木に座り込む。
レニエルは、小さな額に浮いた玉の汗を拭い、金色の髪をかきあげて、懐にしまっていた地図を確認した。
「地図によると、もう少しで集落があるはずなのですが、こうも地形に特徴がないと、どうしても迷ってしまいますね」
「まったくだ。どこもかしこも、鬱蒼とした林だらけだもんな。太陽の光が遮られて、気分も落ち込むぜ」
そこで、もう一度俺が吐いた溜息と、ザシュッという小気味の良い音が重なった。何の音なのかは分かっていたが、一応、聞こえてきた方向に目をやる。
イングリッドが、大剣についた紫色の血を、一度振り払ってから、刃を鞘に戻すところだった。
そう。さっきの音は、イングリッドが襲いかかってきた魔物を、一刀のもとに切り伏せた音だったのだ。それも座ったまま、ひとしずくの汗もかかずにである。
「歯ごたえのない魔物ばかりだ。これじゃ鍛錬にならんな」
彼女は退屈そうに言うが、今さっき始末された魔物は、そこそこの上級モンスターのはずだ。俺とレニエルだけなら、負けはしないものの、多少は苦戦しただろう。
やはりこの女、滅茶苦茶に強い。
邪悪竜討伐については、何の心配もしなくてよさそうだ。
当面の問題は、このマングローブ林を抜け出せるかどうかだ。
食料も残りわずかだし、ぬかるんだ泥ばかりの湿地帯では、清潔な飲み水の確保もなかなか難しい。
背の高い林のせいで太陽の光はここまで届いてこないが、時間的にはまだ昼過ぎのはずだ。なんとしても、日が暮れるまでには人のいる集落に到達しなければ。
そのための方策を練るために考え込んでいると、突如イングリッドが声を上げる。
「むっ、どうしたコユリエ。何か察知したのか?」
イングリッドは、鞘から剣を軽く抜き、煌めく白刃に問いかけているようだった。……コユリエというのは、確か、彼女の持つ大剣の名前のはずだ。
「うん、うん、そうか、うん、近くに、なるほど、なるほど、そうかー……」
えぇー……
この人、剣とおしゃべりしてる……怖……
俺とレニエルの怪訝そうな表情も気にせず、何度も頷きながら、大剣と話し続けるイングリッド。
やがて何かに納得したように刃を鞘に納めると、俺たちに向き直った。




