体を拭きたい
小さく頷いて、俺は言う。
「信じるよ。あんたが暴走する前、俺に怪我をさせずに決闘が済んで、ホッとしていた顔を思い出せば、あんたの言ってることが嘘じゃないって、よくわかる。あと、改めて、あんたを『弱者』だって言ったこと、謝るよ。強くあろうとすることに、普通じゃないこだわりと信念があったんだな」
そこで、イングリッドの顔が、少し曇った。
「信念だなんて、立派なものじゃない。私には、どうしても負けたくない相手がいて、それで『強さ』に執着し、意固地になっていただけだ。そんな幼稚な精神だから、邪鬼眼の術者につけこまれたのだな……」
それは、しみじみと、自分に言い聞かせるような言葉だった。
俺たちは、その後、あまり話もせず、夕食を続けた。
全ての肉を平らげ(半分以上はイングリッドが食べた)、かたづけを終えるころには、夜の十時だった。
普段なら、まだ寝るには早いが、レニエルはすでにベッドに入り、すやすやと寝息を立てている。今日一日、色んな事があり過ぎて、疲れたのだろう。
俺も、先程仮眠を取ったとはいえ、体中が『今日はもう休ませてくれ』と悲鳴を上げている。歯も磨いたし、とっとと寝るとするか。
今日はかなり汗をかいたので、一応体を拭いてから寝よう(でかい風呂にゆっくりとつかって汗を流せれば最高なのだが、このボロ宿にそんな上等な設備はない)。
俺はベッドに腰かけ、上半身に着ていたものを全部脱ぐと、湿らせたタオルで体を綺麗にしていく。
「うっ……」
イングリッドの攻撃でいくつもできた傷に濡れタオルがしみ、小さく呻きが漏れてしまう。レニエルの治癒魔法で応急処置をしてはもらったが、裂傷はそこそこ深かったので、完治するまでにはしばらくかかるだろう。
まあ、あれだけの死闘だったのだ。この程度の怪我で済んでよかったと思っておかないとな。俺は、背中にタオルを回して、うなじや肩甲骨のあたりも拭こうとする。
あれっ。
おかしいな。
うまく肩が回らず、拭きたいところまで手が届かない。
柔軟性には自信があるのだが……
「疲労で肩回りの筋肉が硬くなっているのだろう。極限まで体を酷使すると、そういうふうになる」
「うぉっ!? びっくりした!」
突然声をかけてきたのは、部屋の隅で座禅を組んでいたイングリッドだ。
日課の瞑想をすると言って、長時間瞳を閉じたままだったので、そのまま寝てしまったのかと思っていたが、まだ起きていたらしい。
彼女は、ゆっくりと立ち上がると、こちらに近づいてきて、俺からタオルを取った。
先程、びっくりした体勢のまま、なんとなく反射的にタオルで体を隠していたので、それを取り上げられると当然、俺は上半身素っ裸であり、思わず慌ててしまう。
「えっ、ちょっ、なにっ?」
「拭きにくい背中の部分は私がやろう。さあ、こちらに背を向けて」
ああ、そういうことね……
ありがたい。
正直、両肩から腕にかけて、筋肉が強張ってガチガチであり、自分の腰すらも満足に拭けそうにない。俺は、イングリッドの厚意に、素直に甘えることにした。
「ぅ……ぁ……ん……っ」
「すまない、くすぐったかったか?」
「い、いや別に……」
イングリッドの手さばきは、意外にも繊細で優しさに満ちており、思わず変な声が出てしまった。




