焼肉
それから数時間後。
目を覚ました俺とレニエルは、いつもの宿、いつもの自室にて、少し遅めの夕食をとっている。
今晩は、豪勢にも焼肉である。
豚に牛、あとよく分からない動物の肉も混ざっているが、どれもそこそこグレードの高い、良質な肉だ。
自費で買ったのではない。
タルカスが『今回の騒動で、自分は何も役に立てなかったから』と、プレゼントしてくれたものである。
そんなこと、いちいち気にしなくてもいいのに、体は大きいが細心な男だ。
せっかくだから、一緒に食べないかと声をかけたのだが、女性二人と食卓を囲んでは、緊張で飯が喉を通らないと言い、そそくさと帰ってしまった。
女性二人――というのは、俺とイングリッドのことである。
レニエルによると、イングリッドは、寝てしまった俺を宿まで運んだあと、『魔法通信を使って、リモール王国に聖騎士を辞める報告をしてくる』と言って、一旦宿を出て行き、それからこうして戻って来て、今現在、俺たちと共に肉を食っている。
「いやあ、実に良い肉だ。たっぷりと運動した後だから、身に染みて美味しいな!」
むしゃむしゃと肉を頬張りながら、満面の笑みを浮かべるイングリッド。
命を賭けた死闘も、こいつにとってはただの『運動』らしい。
正直言って、俺はいまだにクタクタだ。
体の芯にまで及ぶ疲労の為か、胃腸も元気がない。
とてもこんなふうに、もりもりと肉を貪るような食欲はなかった。
そんな俺の気も知らずに、イングリッドはあまりにも美味そうに食っているので、少し嫌味を言う。
「今回の騒動の張本人が、よくそんなに遠慮なく食えるな。一人で全部食うんじゃねーぞ」
「はい……」
先程ジガルガにこっぴどく怒鳴られた影響か、少々きつめの物言いをすると、イングリッドはしょんぼりと肩を落とし、「はい」と言うだけのマシーンになる。
うっ……そんな叱られた犬みたいな顔をされると、なんか罪悪感が湧くな。
少々重くなった雰囲気を和らげるように、レニエルが努めて笑顔を作る。
「まあまあ、ナナリーさん。これだけの量のお肉、とても僕たちだけでは食べきれませんし、いいじゃないですか。それに、今回の騒動の張本人と言っても、一番悪いのは、例の邪鬼眼の術者なわけですから」
「わかってるよ。んで、その邪鬼眼の術者についてだが。イングリッド、どこで術をかけられたのか、覚えていないのか」
イングリッドは、リスのように頬いっぱいに肉を詰め込みながら、首を左右に振る。こいつ、しょんぼりしながらもずっと食い続けてたな。
実に図々しい。
ついさっき胸に浮かんだ罪悪感がすぅっと消えていく。
まあ、いつまでもしょんぼりされてても困るし、これでいいか。
俺はレニエルの方に向き直り、姿勢を正して尋ねる。
「やっぱり、お前が生きてることを知ったリモール王国のお偉いさんが、イングリッドを利用して、始末に来たのかな?」
しばらく逡巡し、レニエルは口を開く。
「一瞬、僕もそうかと思ったのですが、邪鬼眼の術にかかったイングリッドさんは、僕にまったく興味を持っていませんでしたし、僕に対する刺客としてやって来たとは、考えにくいんですよね」




