武者修行の果てに
おっ。
タルカスの奴。
俺が言う前に、気をきかせてくれたのか。
ありがたやありがたや。
そう思い、彼の顔を見て礼を言おうとすると、そこにあったのは、先程までしょぼくれていたイングリッドの顔だった。
「その様子では、立っているのがやっとだろう。私が、あなたを宿舎まで連れて行く」
そう言って、俺をお姫様だっこで抱えたまま、イングリッドは歩き出した。
いつの間に着替えたのか、すでに彼女は決闘用のタンクトップとショートスパッツではなく、聖騎士特有の、白銀の甲冑に身を包んでいる。
俺の怪訝そうな眼差しに気がついたのか、イングリッドは小さく微笑した。
「私の鎧は、魔装シェロル。『来い』と念じれば、光と共に一瞬で分解し、こうして装着することができるのだ」
変身ヒーローかお前は。
ああ、しかし楽だ。
疲れているとき、他人に抱えられて移動するのがこんなに楽だとは。
俺は、素直に感謝の言葉を述べた。
「なんだか、悪いな。ここまでしてもらって。あんたも何者かに操られて、大変だったっていうのに」
イングリッドは瞳を閉じ、首を軽く左右に振る。
「私が未熟なせいで、悪しき術法の影響を受け、あなたたちに多大な迷惑をかけた。これくらいは当然のことだ。それに……」
「それに?」
「あなたは今や、私の主人なのだから。私にとって、あなたにこうして奉仕できるのは、この上ない喜びだ」
ん?
なんか話がおかしくなってきたぞ。
俺が黙ってイングリッドの顔を見つめると、彼女は凛とした瞳を、気恥ずかしそうに伏せてしまう。
ジガルガのおこなった刷り込みが、少々効きすぎているらしい。
俺は、先程までのことが、俺と入れ替わった博識な人造魔獣の仕業であることを、なるべくわかりやすい言葉で説明した。
したのだが……
「入れ替わりだの、人造魔獣がどうだの、そんな難しい話をされても、私にはよく分からない。ただ一つ分かることは、あなたの強さと優しさだ。先ほど言われた通り、あなたは私の目を潰すことも、殺すこともできたのに、それをしなかった。それどころか、私は脳震盪を起こしただけで、この身には擦り傷ひとつない。あなたはこんなにも疲労しきり、傷だらけだというのに……」
散々、貴様だの小娘だのと呼ばれてきたのに、こうして『あなたあなた』連呼されると、ちょっと照れるな。
なんと言葉を返していいか迷っているうちに、イングリッドは熱に浮かされたように、滔々と話し続ける。
「あなたこそ、真の強者。私が今日まで、ひたすらに武者修行と称して強者たちと戦い続けてきたのは、心の底から敬意を持てる相手を探していたからなのだ」
「はぁ、なるほど……」
「それは何故か。聞きたいか?」
「いや、別に……」
「そうか。では今こそ語ろう。我が一族には、掟がある。それは、男として生まれた場合、子孫に武の才能を残せそうな、頑丈で運動能力の高い妻を見つけ、最低でも三人は子を孕ませることだ」
こいつ、人の話聞かねえな。
邪鬼眼の術が解け、善良な状態に戻っても、自分勝手なところは生まれつきらしい。
「そして、女として生まれた場合は、自ら戦いに身を投じて、夫となる強者を探し出し、心身ともに屈服したのなら、その者の子を、最低でも三人は産まなければならない」
ふぅん。
なんだかよくわからんけど、三人子供を産まなきゃならないってのは分かった。
競い合わせて、一子相伝の奥義でも伝授したりすんのかな。




