楔
うーむ。
よくわからんが、まあ、こいつが重要だというなら、信じて見守るとしよう。
ジガルガは、小さく『ありがとう』と言うと、先程までより、さらに厳しい目をイングリッドに向ける。
眼力だけで睨み殺そうとしているかのようなその迫力に、イングリッドがすっかり委縮してしまっているのが、傍目にもよくわかった。
「さて、聖騎士イングリッド。記憶があるのなら、先ほどの戦いの顛末は、分かっているな?」
「はい……」
「我はその気になれば、お前の目玉を抉ることも、気絶している間に、殺すこともできた。それも分かるな?」
「はい……」
余計なことを言って何度も怒られたため、イングリッドはすっかり、「はい」とだけ答えるマシーンになってしまった。
その姿は哀れを誘うものであり、側で様子をうかがっているレニエルも、何度か口を挟もうとするが、そのたびにジガルガが制止するようなジェスチャーをとって、介入を許さなかった。
「つまり、お前の命は、我が情けをかけてやったから、今現在も存在していると言える。これも分かるな?」
「はい……」
「以上のことから、お前は我の所有物になったも同然だ。お前の命、体、心。その全ては、我の支配下にある」
ちょっと待て、なんでそうなる。
いくら何でも、理論の飛躍が激しすぎる。
これには、さすがのイングリッドも反論するに違いないと思っていたが、彼女はしょんぼりと頭を垂れ、今までと同じ言葉を繰り返すだけだった。
「はい……」
「よし、素直で偉いぞ。では、主人である我に、誓いの口づけを」
「は、はい……あの……」
「なんだ。返事だけしてればいいと言ったのを忘れたのか」
「い、いえ、その、どこに口づけをすれば……?」
「どこでもいい、好きにしろ」
「で、では……んっ……」
イングリッドは、一瞬だけ躊躇いを見せ、それから、ジガルガの――ジガルガが入った俺の体、その唇に、自らの唇を重ねた。
うわぁ……こんな経験、なかなかできんぞ。
自分の体が、誰かとキスしているのを、こうして傍からから眺めるなんて。
しばらくして、誓いの口づけとやらは終わり、ジガルガはそれまで身にまとっていた硬い雰囲気を解いた。
それから大きく深呼吸し、俺に向かって、心の中で囁きかける。
『これでもう大丈夫だ。奴の深層心理に、ぬしが主人であるという刷り込みをおこなった。以後はぬしへの従属心が防護壁となり、他者からの念波などで操られたりはしない』
『それが、楔を打ち込むってことなのか? あんなにギャンギャン怒鳴ってたのも、全部そのため?』
『うむ。ただでさえ、邪鬼眼の術が解けたばかりで、精神的にも肉体的にも疲弊しているから、ああやって委縮させると、スムーズに刷り込みをおこなえるのだ』
怒鳴りつけて刷り込むって、なんかブラック企業の研修会みたいでやだなあ……
『あれ、でも、俺が主人って、どういうこと? お前が主人じゃないのか?』
『何を言っている、我が入っているのは、ぬしの体だぞ。そして、奴はぬしの唇に、誓いの口づけをしたのだ。ぬしが主人に決まっているだろう』
『そういうもんなの?』
『そういうものだ。我が怒鳴りつけた分、優しくしてやれ。……さて、頭も体も動かしすぎたせいか、また眠くなってきた。我は……また……しばらく……寝る……』




