嫌な予感
それくらい、最初の印象は悪かった。
気のせいかもしれないが、今は顔つきも違って見える。
最初に会ったときは、もっと……なんていうか、変な言い方だけど、『邪悪』な感じだった。
突然、ジガルガが厳しい声を発する。
『……嫌な予感がする。今すぐ立て、そして奴から離れろ』
『なんで?』
『いいから早くしろ。レニエルとか言ったか、あの小童にも離れるように言え』
良く分からないが、有無を言わさぬ真剣な調子に、俺は立ち上がり、レニエルの鎧も引っ張って距離を取る。
「あの、ナナリーさん……スカートを引っ張らないでほしいんですけど……」
「ごめん、どこ引っ張っていいか分かんなくって。なんか、よくわかんないんだけど、ジガルガがイングリッドから離れろって喚いてるんだ」
そう言って、いつの間にか再び俺の肩に乗っていたジガルガにちらりと目をやる。彼女は、小さな腕を伸ばし、イングリッドを指さした。
『見ろ。奴の目を』
『目?』
言われて、じっくりとイングリッドの目を見る。
彼女の赤髪と同じく、燃え盛るような赤い瞳だ。
『イングリッドの目がどうかし……』
どうかしたのか?
と尋ねようとした途中で、気がついた。
色が違う。
先程までと。
決闘のために対峙したとき、彼女の瞳は澄んだ青色だった。
それが、どういうわけか、今は完全なる赤である。
光の加減で、瞳の色が変わって見えることもあるにはあるが、青が赤に見えるなんてことはまずない。
そこで、思い出した。
初めて彼女と遭遇した時も、その瞳は赤色だった気がする。
『まずいぞ。この女、邪鬼眼の術をかけられている』
『何その中二病みたいな術……』
『邪鬼眼の術とは、古代の術法だ。今の時代では使えるものなどそうはいないはずだが……』
『どんな術なんだ?』
『あらゆる人間の心の中に必ず存在する、邪な部分を念波で増幅させ、善人を悪人に変えてしまうのだ。この女のように、根が単純な者ほど簡単にかかってしまい、最終的には獣同然に狂暴化する』
イングリッドは、どこか呆けたような顔で、その場に立ち尽くしている。
ただ、赤い瞳だけがギラギラと光り、こちらを見つめていた。
『なあ、俺も魔物時代からの長年の経験で大体わかるんだけど、今の状況、すっごくヤバイ?』
『うむ。そもそもこの女、現在の状況を作り出すために、最初から何者かに邪鬼眼の術をかけられ、悪意を持った存在として、ぬしらと出会うように仕向けられた可能性が高い』
『おいおい、いったいどこの誰が、そんな面倒で陰湿なことをしやがるんだ』
『わからん。ただ、こうなった以上、命のやり取りは避けられんぞ。見ろ、あの狂気に血走った瞳。……感じるぞ。そう遠くない場所から、何者かが強力な邪鬼眼の念波をあの女に送り続けている。今やあの女は、文字通りの狂戦士だ。あと数秒もたてば、ぬしに襲いかかって来るぞ』
『どうすれば、邪鬼眼の術を解除できる?』
『あの女を殺すか、一時的に意識を消失させるか、術をかけているものを見つけ、念波を送るのをやめさせることだ』
殺すのは解除って言わないだろと突っ込みたくなったが、今はそんなことを言っている場合ではない。




