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勝負あり?

 危なかった。


 ダメージを受けたくないからと、慌てて飛びのいていたら、防御すらできずに死んでいただろう。


 まあ、これからバッファローの突進に近い威力の蹴りを受けなきゃならないのは辛いところだが、それで戦闘不能になり、この決闘もお開きだ。グシャグシャに歪んだ俺の顔を見れば、イングリッドの留飲も下がるだろう。


 さて、その後はレニエルの治癒魔法で応急処置をしてもらい、病院に直行だ。


 完治するまで、どれくらいかかるかなぁ……

 と、そこまで考えて、いつまでたってもイングリッドの蹴りが飛んでこないことに俺は気がついた。


 恐る恐る両腕のガードの隙間から彼女の姿を覗き見ると、イングリッドは先程と変わらぬ姿勢のまま、こちらを見下ろし、小さく言った。


「いつまで屈んでいる。早く立て」


 お言葉に甘えて、俺は大慌てで立ち上がると、彼女と距離を取り、冷や汗を拭いながら尋ねる。


「なんで攻撃してこなかったんだ? 言っちゃなんだけど、あそこで俺の頭を蹴飛ばせば、勝負ありだったと思うんだけど……」


 イングリッドは、表情を変えることなく、言った。


いくさならともかく、正式な決闘で、地に片膝をついた相手を攻撃するなど、騎士のすることではない」


 当たり前のことを言わせるなと主張するような凛とした彼女の瞳に、俺の心は動かされた。


 ……負けだ。

 ルールもデスマッチもクソもない。

 完全なる、俺の負けだ。


 攻撃すれば確実に勝てる場面だったのに、イングリッドは騎士道精神にのっとって、俺を攻撃しなかったのだ。これが『俺の負け』でなくて何なのか。


 俺は両手を上げて、降参の意思表示をした。


「ま、参った。俺の負けだよ」

「ギブアップはないと言っただろう。構えろ、決闘を続けるぞ」

「いや、続けないね。俺は心から負けを認めたんだ。これ以上やる意味はないよ」

「意味があるかないかは、決闘が終わるまで分からんものだ。貴様がこないならこちらから行くぞ」


 焦れたように一歩踏み出すイングリッドを見て、俺は両手を上げたまま、その場に膝をついた。


「……何の真似だ?」

「降参の意思表示さ」

「何度も言わせるな、ギブアップはないと言っているだろう!」

「なら、このまま俺を蹴飛ばせばいい。ほら、ちょうどいい位置に、頭があるぜ」


 先ほどのイングリッドの言葉から、彼女がそんなことはしてこないと踏んで、あえて言う。俺の思惑が伝わったのか、イングリッドは怒りに顔を赤く染めた。


「貴様、私を愚弄するつもりか……!」

「愚弄なんてとんでもない。いや、正直最初は、無駄にプライドの高い馬鹿な脳筋女だと思ってたけど、今は敬意すら感じてるよ。さっき、『地に片膝をついた相手を攻撃するなど、騎士のすることではない』って言ったあんたの姿は、疑う余地のない、高潔な騎士そのものだった」


 本当に、俺はそう思っていた。


 もともと、俺がイングリッドの決闘に応じてこの場にやって来たのは、逃げられないと思ったのもあるが、多少は、自分勝手な彼女を叩きのめしてやりたいという怒りの気持ちもあった。


 その怒りは、今完全になくなった。


 この女、単純で勝手な所もあるが、根は気高い心を持った騎士であり、売り言葉に買い言葉で彼女を怒らせた俺の方にも、大いに問題があったと、自省じせいする次第である。

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