魔装コユリエ
イングリッドは、俺との決闘に意識が向いたのか、今現在タルカスと戦うつもりはなくなったようであり、身を翻して、その場を去っていく。
ふう。
なんとか、助かった。
本当に、厄災みたいな女だ。
じわじわと緊張が抜け、どっと疲労感がやって来る。
イングリッドが、通りを曲がって完全に姿を消す前に、こちらを振り返り、腰の剣に手をかけて言った。
「そうだ。一応言っておくが、逃げようなどとは考えるなよ。もしもお前が逃げた場合、決闘などという名誉ある方法では戦わない。どこに逃げても見つけ出して、この剣で八つ裂きにしてやるからな」
「へいへい、ご心配なく。逃げやしませんよ」
いや、普通に逃げるけどね。
「良い心がけだ。まあ、逃げても無駄なのだがな。私の愛剣、魔装『コユリエ』は、人の『オーラ』を探ることができる。タルカス殿がどこに隠れても見つけることができたのは、この剣のおかげだ。ナナリーとか言ったな。お前の『オーラ』の個性も、すでに覚えた。絶対に逃さんぞ。……それでは、半日後、決闘場所で待っている。さらばだ」
そう言って、イングリッドは完全に視界の外へ消えてしまった。
ちょっと待てよ。
今あいつ、すっごいヤバイこと言わなかった?
人の『オーラ』を探ることができるって?
『オーラ』ってなに?
いや、なんとなくは分かる。
漫画とかでよく出てくるやつだ。
細かいことは分からないが、分かる必要もない。
重要なのは、今のイングリッドの発言から察するに、どこに逃げても、あの女に俺の居場所は把握されてしまうってことだ。
俺は、ゆっくりとタルカスとレニエルの方に振り返り、青ざめつつある顔で、囁いた。
「もしかして、この状況、めっちゃヤバイ……?」
タルカスとレニエルは、示し合わせたように同じタイミングで、静かに頷くのだった。
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「はぁ……どうしょ……」
イングリッドと決闘の約束をしてから、はや三時間が過ぎた。
昼下がりの、人気のない公園で、俺は一人、ブランコに座って溜息を吐いている。
『一人で落ち着いて決闘の作戦を考えたい』と俺が言ったので、レニエルはタルカスと一緒に、少し離れた酒場の中にいる(分魂の法の事情で、あまり遠くに離れるわけにはいかないので、本当に少し離れたところだ)。
今回のことに、タルカスは大きく責任を感じているようで、俺の代わりにイングリッドと戦うとカタコトで言ってくれたが、もう話はそういう段階ではなくなっている。
あの女騎士様は、一族の伝統にのっとり、自分を侮辱したこの俺と戦うことを望んでいるのだ。
目を見ればわかる。
こうと決めたら、何が何でもその意思を曲げない、狂気に近い愚直さ。
恐らく、俺との戦いを終えるまでは、たとえゲームでも、誰とも戦わないだろう。
「はぁ……どうしょ……」
先ほどと全く同じ言葉が、もう一度口から漏れ出た。
あっ。
そうそう。
一つだけ、良い情報もある。
イングリッドが、レニエルのことを気にも留めていないというところだ。




