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厄災のイングリッド

「今まですっかり忘れていましたが、思い出したんです。どうして彼女が、『厄災のイングリッド』と呼ばれているか。……その、彼女は、猪突猛進で、何といいますか、人の言うことを聞かないらしいんです。その上、強者との戦いが大好きなので、一度見込んだ相手には、どこまでもしつこく付きまとい、勝負を挑み続けるので、リモールでも恐れられていたんです」


「なるほど、そりゃまさに『厄災』だな。脳筋の戦闘狂女に見初められるとは、タルカスもとんだ災難だ」


 タルカスには気の毒だが、ゲインの怪我も大したことはなかったし、俺とレニエルはギルドに戻って、今日の分の依頼をこなすことにした。長屋から出る間際、俺はゲインに声をかける。


「なあ爺さん、あんた、凄腕だから相当稼いでるだろ? こんなところに住んでないで、もうちょっといいところに住んだらどうだ?」


「こんなところとは失礼じゃな。住めば都というじゃろう? 他人様には貧しく見えても、自分の住み慣れたところが一番じゃよ」


「まっ、それもそうだな。それじゃ爺さん、邪魔したな。怪我が治るまで無茶せずに、養生しろよ」


 俺もそこそこ稼げるようになったのに、いまだにあのボロ宿に住んでいるので、ゲインの気持ちは分からないでもない。

 入ったときと同じように、ギィギィと音を鳴らして長屋の戸を閉めると、俺とレニエルは裏路地を進んでいく。


 いや、ギルドに帰るため、来た道を戻っているのだから、この場合は『裏路地を戻っている』が正しいかな。


 しばらく行くと、小道から突然、ぬぅっと巨体が現れた。

 一瞬、強盗か何かかと身構えるが、俺はすぐに警戒を解く。

 その巨体の顔が、見知った相手だったからだ。


「よう、タルカス。あんたもゲインのお見舞いに行くのか?」


 俺は、朗らかに挨拶する。

 タルカスは相変わらず、俺とは口をきいてくれなかったが、一緒に依頼をこなすことも何度かあったので、俺としてはすっかり気安くなり、会ったばかりの頃のように、さんづけで呼んだりはしない。


 彼に直接気持ちを聞いたわけではないので、ハッキリしたことは分からないが、タルカスも俺に呼び捨てにされることを嫌がってはいないように思う。

 実際、彼が俺を見る目に、以前ほど緊張がないように感じるのだ。


 しかし、今は違っていた。

 いつも強面こわもてのタルカスだが、その眉間には険しい皺が何本も刻まれ、もの凄い形相になっている。


「お、おい、どうした?」


 あまりの迫力に気圧されながら聞くと、珍しくタルカスは、俺に向かって声を出した。


「たすけて」


 巨体に似合わぬ、情けない、蚊の鳴くような『たすけて』という声に、軽く吹き出しそうになるが、寸でのところでこらえる。

 額に浮かぶ大粒の汗と、必死の形相から、タルカスが極度の緊張状態にあることが分かったからだ。


 仲間のピンチを笑うような奴は、男じゃねえ。

 俺は、タルカスを落ち着かせようと、巨岩のような彼の手を握って詳しく状況を話すように尋ねた。

 しかし、タルカスは俺が手に触れたことで、ますます身を硬くする。


「さわらないで」

「あっ、ごめん、女は苦手だったな」


 慌てて手を離すと、タルカスは申し訳なさそうに頭を下げた。

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