レニエルとナナリー
「それじゃつまり、単純に善意で助けてくれたと」
「当然です。人の命を救うのに理由はいりません」
あれま。
随分と人のできた子だ。
身なりもいいし、貴族か何かだろうか。
いや、そりゃないな。
貴族様が、魔王城近くのこんな辺境に来るはずがない。
こんな世界の果てみたいなところにやって来るのは、命知らずか身の程知らずの冒険者くらいだ。
少しだけ、彼に興味が湧いてきた。
ぶしつけに、聞いてみる。
「きみ、冒険者?」
「いえ」
「まさか、旅行者じゃないよね」
「当然です」
「生まれつき、ここに住んでるとか?」
「この町に来たのは今日が初めてです」
「どうしてこんな、世界の果てに来たの?」
立ち入ったことかとも思ったが、ずばりと問う。
彼は、強い決意を込めた瞳で言った。
「魔王を倒すためです」
思ってもいなかった回答に、しばし黙る。
それから、俺は口の端を軽く上げて、苦笑した。
「うーん、冗談としちゃイマイチだな」
「冗談じゃありませんから。魔王を倒すのが僕の使命です」
少年の澄んだ青い目は、少しも笑っていない。
どうやら、本気らしい。
「魔王を倒すのが使命って……まさかきみ、伝説の勇者なのかい?」
茶化すような俺の問いにも、少年は真面目に答えた。
「いえ、違います。自己紹介が遅れましたね。僕はリモール王国の聖騎士、レニエル・クランといいます。今回、国王陛下の命を受け、転移魔法により、魔王城に最も近い、このフィエオロの町にテレポートしてきたんです」
「なるほど、ご丁寧な自己紹介、恐れ入ります」
あまりにも礼儀正しい彼の態度に、こちらも軽く会釈する。
聖騎士というのがどういう身分なのか俺にはよくわからないが、立派な身なりからして、相当高位の騎士にあたるのだろう。しかし、彼の年齢はどう見ても12~13歳である。そんな若年で、騎士になれるものなのだろうか。
「あなたのお名前は?」
「えっ?」
急に問われ、返答に困る。
恭しく自己紹介してもらった返礼として、こちらも名と身分を名乗るのが筋ではあるが、まさか今朝まで魔王軍で働いていたシルバーメタルゼリーだとは名乗れるはずもない。
それに、シルバーメタルゼリーは個体名であり、俺個人に特別な名前はない。
前世の名前も、まったく思い出せないし、どうしたものかな。
名無しだから『ナナシ』とでも名乗っておくか?
いや、それはあまりにも短絡的すぎるか。
いかにも偽名という感じだしな。
うーん。
人の姿をしている以上、これからも名前を名乗らなければならない場面は多いかもしれないし、ある程度ちゃんとした名前にするべきだろう。
少し考えた結果、『ナナシのシルバーメタルゼリー』。その両端を取って、ナナリーと名乗ることにした。
「俺はナナリー」
「ナナリーさんですか。良いお名前ですね。ご職業は?」
なんでそこまでお前に言わなきゃならないんだと一瞬思ったが、窮地を助けてもらった手前、邪険にはできない。特に誤魔化す必要もないし、俺は素直に今の身分を答えた。
「定職にはついてない。ただの放浪者さ」
少年――レニエルの顔に、少し驚きの色が浮かぶ。
やがて、心配そうに眉を顰め、問うてきた。
「あなたのような、うら若い女性が放浪者だなんて、何かあったのですか?」
うら若い……か。
俺は、ちらりと商店のショーウィンドウに映る自分の顔を見る。
外見年齢は、人間の16~17歳ってところか。
この年代の少女が、一人でこんな世界の果てを放浪してちゃ、心配にもなるわな。両親と一緒に、旅行をしているとでも言っておけばよかったか。
まあ、そこまで嘘の設定を考えて喋る必要もないか。
俺は、当たり障りのない範囲で、正直に答えることにした。