本格的な出来
静寂の中、長い長い階段を降りていくと、突然、ワープしたように、開けた空間に出た。
ワアァァァァッ!
凄い歓声が、俺の体を叩いた。
なんだ、いったい?
それに、眩しい。
手で光を遮るようにしながら、俺は天井を見る。
どうやら、大きなライトが、こちらを照らしているようだ。
そして、10メートルほど向こうに、ボクシングで使うような、本格的なリングがある。
段々と、強い光に目が慣れてくると、先程の歓声の正体にも、気がつくことができた。
客だ。
リングの周辺に、だいたい200個ほどの座席が設けられていて、一座席に一人、大声の人造魔獣にそっくりな少女たちが座っており、こちらに向かって大歓声を飛ばしているのだ。
な、なんじゃこりゃ……
困惑する俺の耳に、歓声とは違った、聞き覚えのある声が届いた。
「やあ、ナナリーくん。来たね。どうだい? このリングは? 前回のやつより、ずっと本格的でいい出来だろう?」
姿は見えないが、忘れるはずもない。
あの、クソ店主の声だった。
俺は、思わず悪態をつく。
「ふん、リングの出来なんてどうでもいいよ。それより、なんだよこの観衆は」
「いや、試合を盛り上げるには、やはり観客がいた方がいいと思ってね、急ごしらえだが、観客用の人造魔獣を作ったんだよ。皆、オーバーリアクションをするように設定してあるから、臨場感のあるファイトが楽しめるよ」
「アホか! これからジガルガの命を賭けた試合をするのに、観客なんかいらねーよ! 全員どっかにやれ!」
「そうか。お気に召さないか。残念だよ。では全員、解体しよう。この子たちをわざわざ保管しておく理由はないからね」
店主がそう言うと、それまでワイワイと騒いでいた観客人造魔獣たちが、サァッと黙った。そして、まさしくオーバーリアクションで皆、幼児のように大声で泣き始める。
俺は慌てて、店主を制止した。
「おい、やめろ馬鹿! わかったよ! 観客がいた方がいい! だからその子たちを殺すな!」
俺の反応を予測していたかのように、店主が小さく笑う。
「きみならそう言うと思ってたよ。相変わらず優しいねえ。ほら、お前たち、ナナリーくんに礼を言いなさい」
店主に促され、200体の人造魔獣たちが、俺に向かって、一斉に感謝の言葉を述べた。
「「「「「「「「ナナリー様! ありがとうございます!!!」」」」」」」」
束になった音が、空気の波となって、俺の体にバシバシとぶつかってくる。
はいはい、どういたしまして……
皆が解体されずに済んで、俺も嬉しいよ……
はぁ……試合開始前だというのに、今の無駄なやり取りで、なんだか無性に疲れた。
不意にライトが消え、視界が真っ暗になる。
今度はいったい何だと、いい加減うんざりする俺の前に、小さなスポットライトが照射された。
いつの間にか、誰もいなかったはずのその場所に、豪奢なドレスで着飾った、小さな女の子がちょこんと立っていた。
その懐かしい顔に、俺は思わず、声を上げる。
「ジガルガ!」
「うむ」
「どうしたんだよ、そのドレス。んまぁー、おめかししちゃって、どこぞのお姫様みたいだぞ」
「い、いや、ご主人様が、我は今回の試合の景品であるから、なるべく見栄えがするように着飾っておけと仰ったのでな」
その言葉を聞いて、鏡で見なくても、自分の眉間に不快のシワが寄るのが分かった。
イラついた様子の俺に、ジガルガが、不安そうに問うてくる。
「どうした? やはり、その、こういう格好は、我には似合っていなかったか?」
「いや、よく似合ってる。可愛いよ。……俺がイラっときた要素は二つ。あのクソ店主がお前を『景品』呼ばわりしてることと、お前があんな奴を『ご主人様』って呼んだことだ。何が景品だ。すぐにアーニャの顔面を張り倒して、お前を解放してやるからな」




