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加速モード

 全力疾走した後のように、息が苦しい。


 全身の熱が、脳までをも、燃やしているみたいな感覚。

 ふらふらとして、視線が定まらない。

 意識が、朦朧とする。


 ぼんやりと、ヴィルガの声が聞こえる。


「よっしゃ、成功や。そうやな、初めてやから、加速モードの持続時間は、たぶん10秒が限界ってとこやろな。ほら、時間を無駄にしたらあかん。10秒間、ウチと鬼ごっこして、その異常な状態の中で、体を動かせるようにトレーニングするで。ほれほれ、あんたが鬼や」


 言い切るのと同時に、ヴィルガは俺の肩に、ポンと手で触れ、素早く逃げて行った。鬼ごっこということは、このまま、深いことは考えずに、彼女にタッチすればいいのだろう。


 俺は、あやふやな頭で、地面を蹴り、ヴィルガを追いかける。


 跳躍。


 驚いた。

 跳んだぞ。

 俺の体。

 軽く、地面を蹴っただけなのに。


 苦しくて、ふらついて、だるいのに、異様なほど、全身が軽く感じる。


 とてとてと逃げて行ったヴィルガまでの距離は、10メートル以上はあるというのに、一歩、二歩、軽やかに飛び跳ねるだけで、あっという間に彼女の背に追いつくことができた。


 いや、体が軽いだけじゃ、こんな鋭い動きはできない。

 だるくて、だるくて、しんどいのに、体の底から、言いようのないパワーが湧いてくる。


 気分はまるで、ニトロを噴射したレーシングカーだ。


 凄い。

 もう少し手を伸ばせば、ヴィルガの金色の髪に、手が届く。


 それっ。

 今だっ。


 あっ。

 くそっ。

 かわされた。


 さすがだな。


 でも、リズムは掴んだぞ。

 この調子なら、次は確実にタッチできる。


 ほら。

 すぐにまた、追いついたぞ。


 楽しいな。


 よし。

 今度は髪じゃなくて、肩を狙ってやる。


 よしよし。

 絶対に、逃げられないタイミングだ。


 確実に、タッチできるぞ。

 鬼ごっこは、俺の勝ちだ。


 そう思ったところで、俺は、ずっこけた。


 あふれんばかりにみなぎっていたパワーが、体から急激に抜けていき、残ったのは、風邪と、夏バテと、深刻な二日酔いをミックスしたような、だるさと疲労感、そして痛みだけだった。


 ヴィルガが、カラカラと笑いながら、言う。


「あらら、残念やな。時間切れや。あとちょっとやったのになぁ。やっぱり、持続時間は約10秒ってとこやったな。……どや? なかなか、凄い体験やったやろ? 加速モードの状態は」


 俺は、転んで地面に突っ伏したまま、返事をしようとしたが、「う゛う゛う゛……」とか「ん゛ん゛ん゛……」という、濁った呻き声しか上げることができない。


 全身を襲う、強烈な疲労感と痛みで、口を動かすことができないのだ。

 喋るどころか、呼吸するだけでも肺が痛み、頭蓋骨をハンマーで直接ぶっ叩かれるような痛みが、脳をガンガンと震わせる。


 苦痛に悶絶する体が、不意に、浮いた。

 ヴィルガが、ひょいと持ち上げてくれたらしい。

 小柄だが、凄い腕力だ。


 彼女は、優しい眼差しで俺を見つめながら、母親のように言う。


「今、苦しいのは、加速モードを使った反動や。今日はもう、これ以上動いたらあかんで。明日の朝まで、ゆっくり休んで、それから少しずつ、加速モードに体を慣らしていく訓練をするんや」


「あ゛あ゛……う゛う゛……」


「ふふ、律儀に返事せんでもええって。安心しぃ、一番苦しいのは、最初だけや。明日からは、加速モードを使っても、そこまで苦しまんでもすむよ。最初が一番キツイのは、まあ、なんでも一緒やな」


 それを聞いて、ホッとした。

 この地獄の苦しみが、加速モードとやらを使うたびに体を襲うのであれば、完全に技を習得する前に、精神がボロボロになってしまいそうだ。

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