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次のステップ

 彼女は息を吐ききると、そのまま言葉を続ける。


「よかった。お師匠はやはり、筋の通らないことはやらないお方だったのですね。先程の男を殺したのも、道理にかなった理由で、納得しました」


「最初から言うとるやんか。『ウチは意味もなく人殺しなんかせん』って」


「それでも、話を全て聞き終えて、納得できない理由であれば、私は騎士道精神ゆえに、お師匠を切らねばならないと、覚悟していました。そして、お師匠と真剣で立ち合えば、私が返り討ちにあうのは必定ひつじょう――今日が、私の命日になるかもしれないと、正直、身が竦む思いでした」


「お前も、なんちゅうか、真面目っちゅうか、融通が利かんっちゅうか、難儀な性格やなぁ。そもそも、騎士道精神って、そういうもんやったっけ?」


「そういうもんです」


「さよか。……さて、血なまぐさい話はこんくらいにして、せっかく昼過ぎに帰って来たことやし、今日は今から、ナナの稽古、つけたるかな。アクセラレーションの呼吸を始めて、今日でちょうど一週間やから、そろそろ次のステップに入る頃合いや」


 おっ。

 待ってました。

 ヴィルガの指示で、俺は意気揚々と、稽古場代わりである庭に降りる。

 屈伸して、準備運動していると、ヴィルガが側に来て、いきなり俺の腹を蹴りあげた。


「ぐほっ!?」


 軽い蹴りだったので、悶絶するとまではいかなかったが、それでもかなり痛い。

 俺はしゃがみ込み、腹を庇うようにしながら、非難めいた視線をヴィルガに送る。


「あ、あの……いきなりお腹蹴られると、痛いし、意図が分からなくて怖いんですけど……」


 普通の相手なら『何すんじゃボケ』と怒鳴るところだが、今日、何度も見たヴィルガの憤怒の形相を思い出し、情けない抗議の仕方になってしまう。


 まあ、しょうがないよな。

 だって、怒ってたときのこの人、超怖かったんだもん……


「堪忍な。さっき言った、『次のステップ』に進める状態になっとるか、ちぃっとテストしたんよ」


「はぁ、テスト、ですか?」


「うん。喜んでええで、テストは合格や。普通、今みたいに不意の攻撃を受けたら、それが軽い蹴りでも、かなり苦しむもんや。なのに、あんたはピンピンしとる。アクセラレーションの呼吸を続けたことで、血の巡りが良くなり、筋肉や内臓の防御力が上がっとる証拠や」


「へぇ、そういうもんですかね。自分では、あんまり実感ないですけど」


「これから実戦の中で、色々と攻撃を受けるうちに、じわじわとそのありがたみが分かってくると思うで。さて、防御力の強化は、あくまで副次的な恩恵や。今から、アクセラレーション呼吸法の真の効用である、自身のスピードを加速する方法を教えたる」


「うす」


「方法は、いたって簡単や。あんたが今、日常的にやっとる呼吸法の、『ひーっ、ひいぃっ、ふううぅぅ』の、最後の『ふううぅぅっ』て吐くところをな、『ひぃっ!』って、鋭く息を吸うのに変えんねん。それで、体が加速モードに入る」


「え、そんな簡単な方法なんすか?」


 ここからさらに、根気のいる鍛錬が続くと覚悟していたので、少々拍子抜けである。いや、難しい方法じゃなくて、ありがたいんだけどさ。


「ふふ、最初に言うたやん。覚えるのに根気はいるけど、そんなに難しくない技やって。ほれ、習うより慣れろや、とりあえず、やってみ」

「うす」


 俺は瞳を閉じ、自分の呼吸に耳を澄ませる。


 ひーっ。

 ひいぃっ。

 ふううぅぅ。


 ひーっ。

 ひいぃっ。

 ふううぅぅ。


 ひーっ。

 ひいぃっ。

 よし、今だ。


 ひぃっ!

 鋭く、一気に、息を吸う。


 次の瞬間、心臓が、ボゴンボゴンと爆ぜるような音を立て、急激に動悸が速くなるのが分かった。

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