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アクセラレーション

「えっ? 自分で考案した技の原理がわからないんですか?」


「ちゃうねん。これ、ウチが編み出した技やないんよ。若い頃、東の方を旅しとったとき、たまたま宿で相部屋になった、仙人みたいなおっちゃんとねんごろになって、やり方だけ教えてもろたんや」


「はあ……仙人とはまたファンタジックな……もしかして、その人、東方で有名な武術家さんだったりしたんですか?」


「さあ? 一晩だけの付き合いやったし、お互いに名前も名乗ったりせんかったから、知らんわ」


「えぇ~……そんな適当な……」


「まあまあまあ、技の考案者の名前も、原理も、別にどうでもええやろ? とにかく、これさえ習得すれば、まあ、絶対とは言えんけど、ウチの顔面に一発入れるくらいは、なんとかできるようになると思うで、たぶん。あと、副次的な効果として、筋肉や内臓も強うなるから、とにかく覚えて損はないで」


 ふむ、確かにヴィルガの言う通りだ。

 仙人にも、技の原理にも、興味はない。


 今の俺にとって重要なのは、アクセラレーションなる技が、ヴィルガの顔面――いや、正確には、アーニャの顔面を、一発殴り飛ばすための手段として、非常に有効だと思われることだ。


 ただでさえ自信のある、シルバーメタルゼリー生来の身のこなし(ヴィルガの攻撃をかわせなかったことで、少々自信喪失気味ではあるが)が、さらに高速化するなら、きっとアーニャの動きを捉えることもできるはずだ。


 俺は思わず、身を乗り出すようにして、ヴィルガに教えを請う。


「ヴィルガさん、早速、教えてください! 俺、すぐにでも、そのアクセラレーションを身に着けたいです!」

「うん、やる気満々でええな。この技、そんなに難しくないから、割とすぐ使えるようになるで。ただ、使いこなすのは難しいし、覚えるのにちょっと根気はいるけどな」


 うん?

 割とすぐ使えるようになるのに、覚えるのに根気がいるとはどういうことだろう。

 なんだか矛盾している気がするが、俺は特に異論をはさまなかった。


「今からウチがやる呼吸を、真似してみてや。ええか? いくで。すー……ひーっ、ひいぃっ、ふううぅぅ……」


「なんか、妊婦さんがやる呼吸みたいですね。すー……ひっ、ひぃっ、ふぅぅ……」


「ちゃうちゃうちゃうちゃう。最初の『すー……』はいらん。あれはウチが深呼吸しただけや。あと、『ひっ、ひぃっ、ふぅぅ』やない。『ひーっ、ひいぃっ、ふううぅぅ』や。ここ重要やから間違えたらあかんで」


「ひーっ、ひいぃっ、ふううぅぅ……どうです? これであってます?」


「ええで、あっとるあっとる。あとは、その呼吸のリズムを保ったまま、肺いっぱいに、限界まで吸って吐くのを繰り返すだけや」


「なんだ、本当に簡単ですね。ひーっ、ひいぃっ、ふううぅぅ……」


「うん。まあ、やること自体はシンプルやな。ただ、これをだいたい一週間、起きとる時はずっと続けなあかんから、けっこう根気いるで。なんたって、飯食う時も、人と話すときも、ずっとやからな」


 俺は、ひっひっふーを続けながら、静かに頷く。

 下手に喋ろうとすると、呼吸が途切れてしまいそうだったからだ。


「よしよし。今は、無理に返事せんでええよ。いっぺん呼吸を元に戻すと、また最初からやり直しやからな。意識せず、自然に今の呼吸法ができるようになるまでは、あんまり飲み食いもせんほうがええやろな」


 うーむ。

 こりゃ確かに、けっこう大変だ。

 覚えるのに根気がいるとは、こういうことだったのか。


「もうちょっと呼吸に慣れたら、その状態のまま、稽古をつけたるさかい。今日はとにかく、呼吸だけに集中するんやで。いくらあんたに時間がないっちゅうても、なんでもかんでも、いっぺんには覚えられへんからな。ほな、ウチはちょっと出かけてくるわ。夕方になったら帰って来るから、きばりや」


 ヴィルガはそう言うと、一度家の中に戻り、仏壇に線香をあげてから、外へ出て行った。


 一人残された俺は、とにかく集中して、ひっひっふーを続ける。

 いや、正確には『ひーっ、ひいぃっ、ふううぅぅ』だ。


 一時間ほど、ずっとこの呼吸を続けていると、少しずつ肺が痛くなってきた。

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