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お姫さまの鍋

 息も絶え絶えで、今にも倒れそうなイングリッドに、ヴィルガは感心したような声を上げる。


「やるやん、インコ。一発も急所にいれられんかったわ。武者修行の旅も無駄やなかったな」


「ありがとうございます……でも木刀じゃなくて真剣だったら、私は確実に出血多量で死んでますけどね……」


「ふふふ、それを言うたらおしまいやろ。なんにしても、弟子が強なるのは嬉しいもんや。今夜は久々に高い酒開けようかな」


 上機嫌なヴィルガを見て、俺は深いため息を吐いた。


 つい先程、頑張るぞと決意したばかりだが、あのイングリッドが一撃も加えられない相手の顔面に、この俺が、一ヶ月で攻撃を当てるなんて、本当にできるのだろうか?


 そんな思いがありありと表情に出ていたのか、ヴィルガは俺の顔を見て、カラカラと笑う。


「安心しい。明日になったら、色々と秘策を考えたるから。とにかく今日はゆっくり休むんやな。ウチの攻撃を食らったのもあるけど、あんた、ここ最近、随分無理なトレーニングしてきたやろ? 体が悲鳴上げとるわ。たまにはしっかり休養取るのも、大事なことやで。なんやったら、そのまま、少し眠ったらええわ。その間に、飯の用意しとくさかい」


 うーむ、さすが、イングリッドが最高の指導者と言うだけある。

 この一ヶ月の、俺の無茶なトレーニングのことも、体を見るだけでわかってしまうとは。


 俺は素直にヴィルガの言うことを聞き、瞳を閉じた。


 彼女の指摘通り、俺の体は相当に疲れているらしく、あっという間に眠りに落ち、目が覚めた時には、茶の間に鍋の用意がしてあった。


 むくりと体を起こすと、箸や取り皿を持ってきたヴィルガと目が合った。


「今晩は鍋や。ウチ、あんまり難しい料理はできんけど、鍋は結構得意なんや。ふふ、姫の得意料理が鍋っちゅうのもあれやけどな」

「姫?」


 首をかしげて聞き返すと、ヴィルガは少し照れくさそうに笑う。


「せや。ウチの通り名、知らん? 闘姫とうきヴィルガ・レインズ――たたかいのお姫さまや。こういう、二つ名みたいなの、普通なら嫌なんやけど、なんたって姫やからな。可憐で、ウチも気に入っとるんや」


 あれ?

 何かイングリッドから聞いてた話と違うぞ。

 彼女の通り名は確か……


「違いますよ、お師匠。とうきの『き』は姫じゃないです」


 ヴィルガの後ろから、酒瓶を持ってやってきたイングリッドが、ぴしゃりと言う。


「は? 姫以外に何があるん?」


 幼児のように頭をかたむけ、そう問うヴィルガに対し、イングリッドは容赦なく事実を述べた。


「鬼ですよ、鬼。お師匠の通り名は、闘いの姫じゃなくて、闘いの鬼です。闘鬼ヴィルガ・レインズですよ」


「嘘やろ!? なんやそれ!? 怪物みたいやん! ずっと闘姫やと思ってええ気分やったのに!」


「いやあ、普通気づきますよ。お師匠、お姫様って感じじゃないじゃないですか。胸も大きすぎるし」


「乳のでかさと姫は関係ないやろ! あかんわ……ごっつテンション下がってもうた……」


「まあまあ、誤解もとけたことですし、皆で楽しく鍋を囲みましょうよ。ほら、お酒もありますし」


「人んちの酒勝手に持ってくるなや……お前、そういうとこ、全然変わっとらんな……」


 そんなこんなで食事をとり、夜も更け、ぐっすりと眠り、再び朝がやって来た。


 軽めの朝食の後、俺とヴィルガは、庭で向かい合っている。

 これから朝稽古だ(イングリッドは日課のランニングのために、少し前に飛び出していった)。


 昨日、ヴィルガは秘策を考えると言っていたが、何か妙案は浮かんだのだろうか。

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