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お前は百年に一人の才能の持ち主だ

 イングリッドは、自分の正面にある部屋の壁に語り掛けるように、静かに話を続けた。


「これでも幼少時は、近所でも評判の仲良し姉妹だったのだがな……」


「へえ、お前、子供の頃は、どんな感じだったんだ?」


「私は、父から『お前は百年に一人の才能の持ち主だ』ともてはやされ、武家であるバルガード一族の歴史の中でも、最強の使い手となるに違いないと期待されていた」


「ほぉ」


「父は私を溺愛し、幼い頃の私は、剣術と騎士道精神以外はほとんど教わることなく、徹底的に甘やかされて育った。常識外れのどんなワガママも、すべて許された。……そのため、恥ずかしながら、大人になった今も、私はときどき世間の常識とは異なった行動をとってしまう」


『ときどき』じゃなくて『しょっちゅう』ではと思ったが、そっと胸にしまう。


「私が五歳の時、妹のベルサミラが生まれた。父は私にしか関心がないようで、妹にはまったく愛情を向けなかったので、私はベルサミラを哀れに思い、誰よりも彼女と共に過ごした。そのせいもあって、妹は私に、とてもよくなついたよ。舌足らずな声で、『おねえたま、おねえたま』とじゃれついてくる姿、今でも鮮明に思い出すことができる」


「それが、どうして不仲になっちまったんだ?」


「姉として情けないが、私にもわからないんだ。しかし、私たち姉妹の関係性が大きく変わってしまった日のことは、ハッキリと覚えている。……と言うより、忘れられない」


 イングリッドは、一度、深く息を吐いた。


「……ベルサミラが四歳になったときのことだ。さっきも言った通り、父はベルサミラにまったく興味がないので、彼女には剣術の指導をしていなかったのだが、私が道場で剣の稽古をしているのを見て、ベルサミラも真似したくなったのだろうな。初めて竹刀を持ち、私にチャンバラをして遊ぼうと言ってきたのだ。無邪気にね。私は微笑んで、可愛い妹の申し出を受けた」

「それで、思わず力が入って怪我させちゃって、嫌われたのか?」


 目の前の背中が、ふるりと揺れた。

 イングリッドが笑ったのだ。


「半分あってる。思わず力が入って、怪我させられたのだ。……私の方がな」


「嘘だろ? 九歳の、それもずっと剣の稽古を続けてきたお前が、初めて竹刀を握った四歳の女の子に負けたのかよ」


「そういうことだ。正直、戦慄したよ。ベルサミラはキャッキャとはしゃぎながら、獣のような膂力りょりょくと身のこなしで、私の急所ばかりを狙ってきた。本人にとっては、ただの遊びのつもりなのだろうが、私は防戦一方で、挙句の果てに転倒し、足首を捻った。……それまでチャンバラを見守っていた父が、駆けつけてきたよ。そして、私には目もくれず、ベルサミラを抱きしめて言った。『この子は千年に一人の才能の持ち主だ』と」


 当時の光景が脳裏に浮かんだのか、イングリッドは少しだけ沈黙する。

 お湯の揺れる、ちゃぷりという音が、静かな室内に響いた。


「以後、父の私に対する態度は、明確に変化した。表面上、父は相変わらず優しかったが、剣術の指導に関しては、ベルサミラにかかりきりになり、私にはこう言うんだ。『無理せず、適当にやっていればいい』と。……まるで、興味のなくなった玩具おもちゃを見るような目で、言うんだ」


「イングリッド……」


「それでも、ベルサミラとは仲の良い姉妹のままだったのだがな。いったい、何がきっかけで、あの子は私を軽蔑するようになったのだろう。どうしても、思い出せないんだ。私は頭が悪い上に、常識がないからな。気づかぬうちに、妹を傷つけたのかもしれない」

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