しばしのお別れ
「あー、うん、まあ、あいつ、相当おかしいからな……いろいろ強引だし」
「ですから、あなたのように、彼女を気遣ってくれる仲間ができたことは、本当に喜ばしいことです。私も、聖騎士団長として、イングリッドのことはいつも気にかけていましたから。これからもどうか、イングリッドと仲良くしてやってください」
俺に向かい、小さく頭を下げるフロリアン。
まるで、手のかかる妹を持った兄のようなそぶりである。
聖騎士団長フロリアンか。
騎士団のトップであることを鼻にかけない、穏やかで誠実な青年。
なるほど。
レニエルが信用しているのも納得の人格者だ。
実力的にも、あのイングリッドよりも強いということなので、彼になら安心してレニエルを任せることができるだろう。
俺は、話を本筋に戻した。
「それで、その、前の王様の慰霊の旅、だっけ? いつ出発するんだ?」
「レニエル様のご予定次第ですが、早ければ早いほど良いです。前王――アルザラ様の魂は、こうしている間にも、刻一刻と地上を離れつつありますからね」
「ってことは、出発できるなら、今日にでも出た方がいいわけ?」
「そういうことになりますね。まだ日も高いですし」
俺は、レニエルの方を見た。
彼は瞳を閉じ、少しだけ逡巡したようだが、やがて、しっかりとした声で、言った。
「では、すぐにでも出発しましょう。僕も、一刻も早く、父の魂を安らかにしてあげたいですから」
フロリアンは、レニエルに向かって深々と頭を下げる。
「急な話にもかかわらず、迅速な決断、痛み入ります。それでは、行きましょうか」
レニエルとフロリアンは立ち上がり、手短に旅の支度を整えると、二人そろって、俺に向き直った。
「それではナナリーさん、行ってきます」
「おう。気をつけてな」
「ナナリーさんには、初めて会ったときから、お世話になりっぱなしで、なんてお礼を言ったらいいか……」
「待て待て。今生の別れでもないんだから、そういうのはいいってば。二ヶ月経ったら、俺の方からリモールに行くから、そこでまた会おうぜ」
涙ぐむレニエルの肩を、励ますように叩いてやると、フロリアンが何かを差し出してきた。
「これは?」
「私の署名が入った、紹介状です。リモールは出入国の際、かなり厳格な事務手続きが必要なのですが、これを提出すれば、あなたの身分と素性は、聖騎士団が承認したものだと証明することができますから、煩雑な思いをせずに、国に入ることができるでしょう」
「おぉっ、そりゃありがたい。でも、いいの? そんなフリーパスみたいなの、くれちゃって。自分で言うのもなんだけど、俺の素性なんて、かなり怪しいもんだと思うけど」
……元魔物だし。
なんてことは、口が裂けても言えないが。
フロリアンは、相変わらず爽やかな笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「何の得もないというのに、命をかけてレニエル様をお助けしたあなたを疑うことは、騎士の恥です。この紹介状は、私の感謝と、あなたに対する信頼の証だと思ってください。リモールに到着した際は、役所や騎士団に行って、私を呼ぶように言ってもらえれば、いついかなる場所にいても、すぐに駆け付けます。レニエル様とも、スムーズに再会できるよう取り計らいますので、ご安心ください」
うーむ、至れり尽くせりとはこのことか。
天下に名高いリモール王国の聖騎士団。
その団長にここまでしてもらえると、図々しい俺でも、さすがに恐縮してしまう。
しかしまあ、せっかくのご厚意だ。ありがたく受け取っておくとしよう。




