ベレス
レニエルは、小さく頷き、言った。
「ええ。あれは、人の精神を支配する剣。もはや、魔装などというくくりでは片付けられない、凄まじい力を持つ代物です」
「その通りです。魔装ルミオラは、リモール王国に代々伝わる神器。それをレニエル様に託されたことが、どんな言葉よりも、アルザラ様とズファール様が、レニエル様を大切に思っている証拠になると思うのですが、いかがでしょう?」
俺の方を見て、フロリアンは微笑んだ。
「うぅーん、まあ、そうかもしんないけどさぁー、それじゃ、レニエルの奴は、なんで父ちゃんと兄ちゃんが、自分を疎んでるって思ったわけ? 人の良いレニエルが、親兄弟のことをそんなふうに思うって、よっぽどのことだぞ?」
その問いに、若き聖騎士団長様の柔和な顔が、忌々しげに歪む。
一瞬、疑り深く質問をしてきた俺のことを、鬱陶しく感じているのかと思ったが、彼の視線は、自身の記憶を探るように、遠くに向けられている。
……どうやら、ここにはいない誰かのことを思い出して、心に怒りが湧いたらしい。
数秒置いて、フロリアンはレニエルに向き直った。
「レニエル様。リモール王国の大臣、ベレスを覚えておられますか?」
「はい。ベレス様には、身の回りのことを色々とお世話してもらい、とても助かりました」
「そのベレスが、レニエル様に、アルザラ様とズファール様に対する疑念を植え付けたのです、周到にも、精神操作の魔術を使って」
「えっ……」
「ベレスは優秀でしたが、野心の強い男でした。お優しいレニエル様に取り入り、精神操作の術で、アルザラ様とズファール様に反目するようにして、いずれはレニエル様を担ぎ上げ、新たな王とし、自分は摂政となるつもりだったのです」
「そんな……では僕は、魔術によって、僕のことを想ってくれている父や兄のことを、悪く……」
「ご自分を責めないでください。ベレスは魔導師としても一流。その精神操作をはねつけることなど、古の賢者でもない限り不可能でしょう。最近、大きな不幸が起こるまで、私も、ズファール様も、奴の奸計に気がつかなかったのですから。……しかし、もう安心です。奴は、私がこの手で粛清しましたから」
ちょっぴり気になって、俺は二人の会話に口をはさむ。
「なあ、その、ズファール様の『異能』だっけ? 未来を見通す力で、悪い大臣のたくらみを見抜けなかったのかよ」
「未来を見通す力も、万能ではないのです。運命の行く末が、ハッキリと見える者もいれば、見えない者もいる。また、見えたとしても、必ずしもその内容が具体的に分かるわけではありません。レニエル様が無事であることは分かっても、どこで誰と何をしているかは、ルミオラを使うまでは分からなかったように……」
「ふぅーん……なるほどねぇ。んで、最近起こった大きな不幸って、なんなの?」
フロリアンは目を伏せ、一度俺を見、そしてレニエルを見、瞳を閉じて、静かに口を開いた。
「国王、アルザラ様がお亡くなりになったのです。……あの忌々しいベレスの策略によって」
どんどん明らかになる事実と、変わっていく状況に、俺はいい加減眩暈がしそうだった。
レニエルの心労は、もっと大きいだろう。
俺は自然と身を寄せ、隣に座っていた彼の手を握った。
「取り入ろうとしていたレニエル様が死地に追いやられたことで、自分のたくらみが露呈したのかもしれないと焦ったのでしょう。ベレスはかなり強硬な方法でアルザラ様を暗殺し、今度は精神操作を使って、ズファール様を自分の操り人形にしようとしました。しかし、さすがにやり方が強引すぎたため、奴の悪行は全て表沙汰となり、その野望は潰えたのです」




