必殺の泣き落とし
俺はうるうると瞳を潤ませ、慟哭する。
「うぅっ、あんた、恥ずかしくないのか。聖騎士団長なんて、立派な身分のくせに、レニエルみたいな子供を殺しに来たなんて、最低だぞ。こんな鬼畜な所業、あんたの親が知ったら、きっと悲しむぞ! うっ、うぅぅ……」
ナイス。
最後の方は、いい感じに言葉に詰まり、咽び泣くような雰囲気が出た。
最近分かったのだが、女の瞳というのは、感情を無理に昂らせると、自然と涙が出るようにできているらしく、俺は割と簡単にウソ泣きすることができるようになっていた。
ちらりと、フロリアンを見る。
おほっ。
作戦成功だ。
明らかに、狼狽している。
非道な暗殺命令を遂行しに来たが、心にはまだまだ良心が残っているらしいな。
フロリアンは慌てた様子で、わたわたと言葉を紡いだ。
「レニエル様を殺しに来たって、あなたはいったい、何を言っているのですか? いえ、今はそれよりも……」
そこで言葉を切って、フロリアンはこちらに近づき、地面に片膝をついた。
な、なんだ、てめっ、このやろっ、やる気か? お、お前なんか別に怖くねーぞ。
そう啖呵を切ろうとしたが、いきなりこっちに来たので、びっくりして言葉が出てこない。
奴の手が、俺の顔に近づいてくる。
おおぉ、やばい、逃げなきゃ。
緊張に固まる体を、なんとか翻そうとしたその時、俺の瞳に浮かんでいた涙を、フロリアンは指先で優しく拭った。
「何やら、私の言動が誤解を招き、あなたを怖がらせてしまったようですね。申し訳ありません」
そう言って柔らかく微笑むフロリアンは、美術館に飾られている、英雄の肖像画のように美しかった。
なんだこいつ、爽やかすぎる。
本当にレニエルを殺しに来たのか?
その時、背後で声がした。
「フロリアンさん……どうしてここに……」
レニエルの声だ。
フロリアンは、その場に片膝をついたまま、レニエルに恭しく礼をした。
「お久しぶりです、レニエル様。……ああ、短い期間に、随分ご立派になられましたね」
レニエルを見つめ、瞳を細めるフロリアンの姿には、子を慈しむ親のような優しさがあった。
暗殺者が、こんな目をするだろうか。
だんだん、さっきからの俺の行動は、完全なる早合点の、独り相撲な気がしてきた。
フロリアンは、さらに言葉を続ける。
「レニエル様、今日は、重要なお話があって、やって参りました。……あなたを、お迎えに来たのです」
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「ふふっ、あははっ、フロリアンさんが僕を暗殺しに来たなんて、ナナリーさん、それはまた、とんでもない勘違いをしたものですね」
レニエルが、おかしそうに笑うたび、俺は羞恥に頬を染め、俯いた。
室内に入り、俺とレニエル、そしてフロリアンは、ボロのテーブルを囲むようにして座っている。
レニエルは、俺とフロリアンのファーストコンタクトを聞いて、それ以来、笑いっぱなしだ。
「フロリアンさんは、僕が聖騎士に抜擢された時、剣の扱い方や、騎士としての立ち振る舞いまで、全てを教えてくれた方なんです。その二つ名は、『誠実』のフロリアン。暗殺や謀とは、最も遠いところにいる人ですよ。ふふっ」
「そんなに笑うなよ。一人であれこれ考えてた俺がアホみたいだろ。……それにしても、『誠実』のフロリアンか。『厄災』のイングリッドとはえらい違いだな」
俺の言葉に、フロリアンが反応した。
「イングリッドを、ご存じなのですか? 彼女は、突然『聖騎士を辞める』と魔法通信で述べてきて以来、消息を絶ってしまい、心配しているのですが……」
「ご存じも何も、この部屋で一緒に住んでる。ちょっと、色々あってね」
イングリッドと行動を共にすることになった経緯を、俺はかいつまんで説明した。




