救いと罰
ここからナナリーの視点に戻ります。
月明かりだけがぼんやりと沼地を照らす、夜のマングローブ林。
今までピジャンと戦っていた、すり鉢状の窪地から、レニエルとソゥラのいる集落に戻るため、俺は一人、湿地帯を歩いていた。
やぶ蚊を手で払いながら、アーニャのことを考える。
あいつは、一瞬だけ俺に姿を見せた後、まばたきした瞬間に、最初からいなかったかのように、姿を消した。
心の中で問いかけても、もう、何の言葉も返してはくれなかった。
水晶輝竜のガントレットも、気がつくと、俺の両腕から消え去っている。
どうやら、本当にちょっとの間、貸してくれていただけらしい。
もの凄い武器なので、このままなあなあで貰えたりしないかなと思ってたので、少し残念である。
ピジャンの遺骸を、さすがにあのまま野ざらしにしておくことは心が咎めたので、簡易的にではあるが、埋葬しておいた。
それから、レニエルと再会するために、こうして歩き始め、早くも五十分が経ち、例の、燃やされた集落が見えてきた。
うっすらと、明かりが確認できる。
あれは、レニエルの光魔法の灯だ。
良かった。
どうにか、無事らしい。
ピジャンの奴が、レニエルを始末するよう、ソゥラに命令していたので、どういう状況になっているのか不安だった(まあ、俺がこうしてピンピンしているので、死んではいないだろうとは思っていたが)が、とりあえず一安心だ。
辺りには魔物もいないようだし、俺は、声を張り上げる。
「おぉーい、レニエルー! 無事かー!?」
すぐに、レニエルの声が返ってきた。
「僕は大丈夫です! ナナリーさんこそ、よくご無事で!」
俺は、自然と駆け足になりながら、集落を目指す。
「ソゥラちゃんはどうなった? 戦わずに、済んだのか?」
レニエルからの返答が、ない。
……やはり、戦う羽目になったのだろうか。
そして、俺はレニエルの元にたどり着いた。
そこには――
「あー、うー、あぁー」
幼子のような声を上げて、レニエルにすがりつくソゥラ。
そして、親のように、彼女をあやすレニエルの姿があった。
「こりゃ、いったい……。おい、何があったんだ?」
俺とレニエルは、互いに情報交換を始めた。
邪鬼眼の術者――アーニャと、俺が直接会ったことを話すと、レニエルは驚いていたが、驚きの度合いでは、俺も負けてない。突然話しかけてきた『魔装ルミオラ』とやらの力で、ソゥラの心が幼児のようになってしまったのだから。
ソゥラの表情は無邪気そのもので、先程、テレポート前に見せたような、悩みや苦痛の感情は一切なかった。
恐らくだが、知能が幼児レベルになっただけではなく、記憶もなくなっているのだろう。
何とも言い難い感情が心を満たし、俺は、唇を噛んだ。
「確かに、ソゥラちゃんの心から苦しみはなくなったのかもしれないが、これが、その『魔装ルミオラ』とかいうのが言っていた、『救う』ってことなのか? これじゃ、あまりにも……」
きゃっきゃと夜空に向かい、手を伸ばすソゥラ。
宝石をちりばめたような、天に輝く星々を掴もうとでもしているのだろうか。
レニエルはその手を優しく握り、俺の方を見た。
「剣の光が収まると、だんだんルミオラの声は聞こえなくなっていったのですが、その間に、ルミオラは言いました。ソゥラさんにとって、これは『救い』であり、『罰』でもあると」
「罰?」




