それ、ちょうだい
『いや、そうでもないみたいだよ。足がふらついてるし、多少はダメージを受けたのは間違いないね。でも……』
『でも?』
『あの子、かなり頑丈みたいだし、いくら水晶輝竜のガントレットが素晴らしい武器でも、素人のパンチじゃ、体の芯にまで達するダメージは与えられないかもね』
『ふん、素人の軟弱へなちょこパンチで悪かったな』
『そこまで言ってないよ。ただ、もう少しちゃんとしたパンチの打ち方を覚えた方がいいね』
『じゃあ、無事にこの危機を乗り越えてアルモットに帰れたら、ボクシングジムにでも通うよ』
そんなことを話してるうちに、ピジャンは立ち上がった。
足のふらつきも収まったようで、平然とした顔で、コキコキと首を鳴らしている。それから、こっちをじぃっと見て、言った。
「それ、いいねー。ちょうだい」
『それ』とは、恐らく水晶輝竜のガントレットのことだろう。
俺は、一秒たりとも考えず、拒否する。
「駄目、あげない。そもそも借りものだし」
「ぶー、けちー。じゃあいいよ、自分で作るからー」
作れるもんなら作ってみろ。
折り紙の工作じゃないんだぞ。
そう思っていると、ピジャンの両腕――その表面が、波打つようにうねりだした。彼女の肘から先は、みるみるうちに姿を変え、まるでガントレットを装着したような、太い腕と、ごつい拳になった。
アーニャの感心したような声が、脳裏に響く。
『驚いた。あの子、『異能』持ちだね』
『異能?』
『魔法や身体能力とは違った、特殊な能力のことだよ。あの子の場合は、『肉体変化』と『形態模写』のミックスってところだね』
『肉体変化はなんとなく分かるけど、形態模写ってのは、あんまり日常生活じゃ聞かない言葉だな』
『相手の姿や武器をコピーできるって意味だよ。ちょっと、まずいことになったね。あの子、水晶輝竜のガントレットにそっくりな武器を、自分の体を変化させて作っちゃったみたい』
『げっ、じゃあ今度は、100kgのパンチが、俺の顔面に向けて飛んでくるってのか?』
『安心して。さすがに、完全なコピーはできないだろうから、多少は武器としての完成度が落ちてるはずだよ。……そうだね、まあ、80kgのパンチが飛んでくると思っておけばいいんじゃないかな』
『たいして変わらねーじゃねーか!』
タタタタッと、何かが小走りに寄ってくる音がする。
ピジャンが、俺に向かって走って来たのだ。
まるで、幼児が両親に駆け寄るような走り方。
これで、抱っこをせがんでくるなら可愛いものなのだが、ピジャンはファイティングポーズを取り、今まさに右の拳を俺へと突きだそうとしている。
「今度はこっちの番だよー。それー!」
ピジャンの拳は、速かった。
恐ろしいことだが、彼女が肉体を変化させて作った太い腕は、水晶輝竜のガントレットの軽やかさまでもコピーしているらしい。身をかわすのが間に合わず、俺は両腕を交差させて、なんとかブロックする。
衝撃。
全身を、衝撃が走る。
俺は思った。
トラックと正面からぶつかったら、こんな感じなのだろうかと。
飛翔。
体が、飛ぶ。
後ろに向かって、思いっきりぶっ飛ばされる。
しかし、それでも、何とか空中で身をよじり、俺は転ぶことなく地面に着地した。
両腕が、びりびりと痺れている。
凄いパンチだ。
水晶輝竜のガントレットを装着していなければ、両腕の骨が粉々に砕けていただろう。
まあ、そのガントレットをコピーされてしまったから、今、大変な窮地に陥ってしまっているのだが。




