もう経験値狙いの冒険者に追い回されるのに疲れました
『すいません、もう限界なんです。辞めさせてもらいます。これからは、人の来ない場所で、ひっそりと暮らすつもりです』
そう言って俺は、魔王軍をやめた。
素晴らしく、清々しい気分だった。
俺は、『シルバーメタルゼリー』
倒すことで、驚異の100000EXPを獲得できる、ウルトラレアモンスターだ。
生まれつきの魔族と言うわけではない。
おぼろげだが、記憶の片隅に、人間として暮らしていた記憶がある。
地球という星の、日本という場所。
そこで、天寿を全うしたのか、あるいは事故や病気で無念の死を遂げたのか。
どちらにしろ、死んでしまった俺は、何の因果か、魔物と人間が戦う世界に、モンスターとして転生したのだ。
『そんなこと言わずにさ。もうちょっと、頑張ってみない? 今のキツイところを越えると、だんだんこの仕事の面白みが分かって来るんだけどなー』
魔王は人手不足の中小企業の社長のようなことを言いながら俺を引き留めたが、辞意は変わらなかった。
だいたいこんな、24時間、経験値狙いの冒険者たちに追い回されるような仕事に、何の面白みがあるんだ。
そう、24時間。
本当に、24時間なのである。
冒険者どもは、まるで俺の匂いを嗅ぎつけるように、昼夜の区別なく、どこにいても突然襲いかかってきた。
シルバーメタルゼリーは、そこそこ強力な魔法が使える上に、逃げ足は天下一品、それでいて防御力も究極に近いのだが、それでも、急所にクリティカルヒットを食らうと、即致命傷となる脆さもあり、いつ訪れるとも分からない外敵に追い回される恐怖とストレスは、相当にきつかった。
だから、辞めた。
俺は、魔王の城を出て、街道を歩いている。
明らかに、冒険者と思しき若者たちとすれ違った。
しかし、彼らは俺に襲いかかってこない。
何故か。
俺が、人間の姿に擬態しているからだ。
シルバーメタルゼリーと同じ、銀色の長い髪をした、年若い娘。
それが今の俺の姿である。
魔王が、退職金代わりに、『もう人間どもに襲われることがないように』と、俺の姿を人間の女に変えてくれたのだ。
もっとも、変わったのは姿だけで、中身はシルバーメタルゼリーそのものである。だから、何かのきっかけで正体がバレれば、冒険者たちは目の色を変えて俺を襲うだろう。
まあ、今の俺は、魔物の匂いもまったくしないことだし、自分から怪しい行動をとらねば、まずバレることはないだろうが。
……それにしても、何故、女の姿なのだろう。
俺は、『男』だというのに。
いや、シルバーメタルゼリー自体に性別はないのだが、おぼろげな前世の記憶が、俺は『男』だったと告げるのだ。
魔王に『どうして男にしてくれなかったんですか』と聞くと、『男にしてくれって言わなかったから』と返された。
言われてみれば、そうである。
大失敗だ。
人間化のやり直しはできないそうであり、これから一生、この姿で暮らしていかなければならない。俺は、軽く舌打ちして、街道を歩き続ける。
まあ仕方がない。
気持ちを切り替えよう。
そもそも、前世の性別など、今となっては大した意味もないし、若い女の方が色々と都合がいいことも多いかもしれない(その分、危険も多いかもしれないが)。
晴天だというのに、背後で、雷光が轟いた。
恐らく、先程すれ違った冒険者たちが、魔王城の門番に魔法でやられたのだろう。そこそこやれそうな連中だったが、最強の魔物の巣窟である魔王城に挑むには早すぎたな。
俺は、頭の中で小さく黙とうしながら、街道を歩き続けた。
晴れ渡る空の向こう。
まだ見ぬ世界に、安全で平和な暮らしを求めて……
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