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頼れる仲間はみんな目が死んでる

 艦の声が聞こえる程度の船主、先祖代々ずっと奴隷貿易に携わってきた船長兼航海士、どうしようもない馬鹿の船医。既に私たちのチームは一貫性やバランスが欠けていた。ここからさらに人員を募集すれば、もうどうにもならないほどにチームの均衡が崩れることは目に見えている。しかし、それでも人員は必要だった。


 奴隷貿易から手を引いたニュートン牧師曰く、奴隷船には概ね次のような愉快な仲間たちが乗ることになる。


 1. 船長

 2. 一等航海士

 3. 二等航海士

 4. 船医

 5. 船大工

 6. 甲板長

 7. 砲手

 8. 樽職人

 9. 桶職人

 10. コック

 11. 十名程度の水夫

 12. 二名程度の雑用係


 確実に儲けをあげるには、のべ二十名程度で百トンもの積荷を上げ下ろしし、危険を顧みずに何ヶ月にも渡って大西洋を航海する必要があった。船長や航海士のような士官はともかく、船を動かす水夫や雑用係は二束三文で雇わねば、大事な利鞘が減ってしまう。奴隷船がブラック企業ともすればダークネス企業と言われる所以はそこにあった。


 水夫にとって奴隷船が最も過酷になる理由、それは人件費を無視する船長の意向にあった。船主が必要な経費を船長に渡した後は、艦の運営や資金の管理はすべて船長任せになる。そこで手数料として、できうる限りの方法を使って中抜きするのがデキる船長のスタイルだったのだ。


「他の連中や水夫集めは俺に任せてくれ」


 船長と一等航海士を兼務することになったエドが頼りがいのある口ぶりで言った。エドは若干二十代前半とは言え、先祖代々、奴隷貿易を家業としてきた一人前の海の男であることは変わりない。航海士を一人分減らして船長が兼務するというアイデアも彼の発案だった。経費を減らす手法については間違いなく実地仕込みの経験があるように見えた。


「まずは信頼できる航海士を雇う必要がある。航海士はいくらいても足りないくらいだ。祖父さんの時代には四等航海士まで使う時だってあった。まずは死んだら困る連中からよく吟味しよう。末端の水夫は後回しだ」


「なるほど」


「航海士には、船長の休憩時間に積荷を見張り、水夫たちの作業を監督するという、重要な役割がある。毎日、水夫の作業スケジュールを作って、奴隷たちの健康を保つように船医と一緒に奴隷の健康管理を行う」


「なんだか大変そうだけど、船長と兼務で大丈夫なの?」


「普通の船長なら、自分の仕事を減らすために航海士を欲しがるだろうな。だが、俺はまだ船長未経験だ。そこで雇われたいと思う航海士がどれだけいると思う? きっと一人や二人、見つかればいいほうだろう」


「お金は出すわよ」


「いくら船主が金を出したって、俺が支払いを拒否したら、航海士や他の船員に給与は渡らない」


「あら、そうなの?」


 私はわざとらしく驚いた素振りを見せた。


「俺はあんたが思ってるほど、誠実な男じゃない。奴隷貿易に関わってる連中で、スネルグレイヴ家と聞けば誰だってピンとくる。奴隷貿易家業の家の連中だってな」


「ニュートン牧師に貴方の家についても聞いておけば良かったわね」


「ジョン・ニュートンのことか? あの男は奴隷船の船長まで勤め上げた男だ。今じゃ奴隷貿易廃止の運動に加わっているが、煮ても焼いても喰えない男だと昔から評判だった」


 牧師は航海士まで勤めたと言っていたが、どうやら自分の話については多少の嘘偽りが含まれていたようだった。エドはそう言いながら、酔って酒場のテーブルに突っ伏している樹人族(トレント)の肩を叩いた。


「なんじゃあ? まだ金はあるんじゃ、呑み足りないくらいにな……」


「ラスボーン。起きろ」


 それが老樹人族(トレント)の名のようだった。


「この人で大丈夫なの? ただの酔っ払いの老樹人族(トレント)じゃない」


 私は不安になってエドに尋ねた。セバスチャンすらも怪訝そうな視線を老樹人族(トレント)に向けている。


「トーマス・ラスボーン。二等航海士に割り当てる。樹人族(トレント)は水分だけで済むから食費も浮く。完璧な男だ。酒さえ入らなければな」


「酒が入ればただの人、ですか」


 エドはラスボーンを起こすと、冷水を頭から被せた。


「な、な、なんじゃ! 折角の酔いが覚めるじゃろうが! この青二才が!」


「仕事だ。今度は俺が船長を務める。やってくれるよな?」


「そんなもん、誰が引き受けるか。金があるうちは働く気などせんわい」


 老樹人族(トレント)が鼻を鳴らして背を向けると、頭から二、三枚の枯葉が散った。話をする気などさらさらないという状態だ。


「気難しい男だ。だが、きっとすぐ仲間に加わってくれる。……所持金が底をついたらな」


 そう言って、エドはラスボーンを置いて別のテーブルへと向かった。そこにはトランプ賭博に勤しむ男たちがいた。


「船大工にはパウエル・ピーテルスゾーン・プレスマンがいる。パウエル!」


 エドの呼び掛けに対して、トランプに興じていた男たちの中から一人、人懐っこそうな表情の狗頭族(コボルト)のオランダ人が顔を上げた。


「スネルグレイヴのところの(せがれ)じゃないか。一体、俺っちに何の用だね?」


 狗頭族(コボルト)はへらへらと笑いながら、一瞬の隙をついて捨て札と自分の手札を入れ替えた。あまりの早業に、誰も気が付いていない。


「仕事だ」


「はっはー、お安い御用だ。次はどの艦を改造するんだ?」


「いや、船大工として俺の艦に乗ってもらう」


「え?」


「今回の航海は俺が船長だ」


 その言葉に、パウエルの顔が見る見るうちに青褪めていく。どうやら話が違うようだ。


「男に二言はない。そうだよな」


「え? いや、まさかエドが船長だなんて、そんな……。艦を改造するのはいいぜ? だが、同行するなんて言うのはちょっと……」


「お前の借金も肩代わりして、俺は拘置所(ムショ)にぶち込まれたんだ。少しくらい手伝ってくれても良いだろう。それとも何か? まさか、俺の貸しを忘れたとでも言いたいのか?」


「分ーかった! 分かったよ! お前に従う。それで文句無いだろ」


「出航は半月後の予定だ。逃げるなよ?」


「そんだけ時間があるなら、荷物をまとめても文句を言わないでもらいたいね」


 狗頭族(コボルト)はそそくさとテーブルから硬貨を掻き集めると、酒場を後にしてしまった。


「あれが信用できるうちに入るの?」


「仕事は間違いない。少し賭博狂いの気はあるがな」


 そう言って、エドは今度は酒場の調理場を覗き込んだ。


「さて、お次は甲板長だが……マーリーン・マグナスだ。マグナス!」


 エドが名前を呼ぶと、調理場でコックと話し込んでいる天人族(セレスティア)の女性が振り返った。一般に聖職者として働いている天人族(セレスティア)とは異なり、その猛禽類のような羽根は艶を失って灰色に染まっている。堕落した天人族(セレスティア)の特徴そのものだと、セバスチャンが私に耳打ちした。


「私? 私をお呼びになられマシタ?」


 わざとらしく周囲を見回し、早口で聞き返しながらマグナスは酒場のコックの影に隠れた。


「マグナス、仕事だ」


「お仕事? おいくらデ? いくらいただけマスカ?」


 堕落した天人族(セレスティア)の光を失った黒い眼が泳いだ。エドからの仕事をする気はあるようだが、明らかに挙動不審である。


「お前次第だ。きちんと甲板長の務めを果たせば、給料は払ってやる」


「本当に? そうデスネ。お仕事しないと、駄目みたいデスネ。準備しマスヨ」


 早口で捲し立て、マグナスは酒場から去っていった。


「何故、彼女なの?」


天人族(セレスティア)は海の神から艦を守ってくれる。船乗りの言い伝えだ」


「はあ……?」


 最後は神頼みで種族を選んだというのか? 本当にそんな人選で良いのだろうか。


「なんというか、本当に大丈夫なの? なんだか正常に艦を運行させるだけでも手一杯に見えてきたんだけど」


「当たり前だろう。どこだって同じだ。俺のやり方が通用しない奴は、他に行っても駄目だ。毎日が土壇場、それが奴隷船ってやつだよ」


 うわー。出た出た。ブラック企業特有の台詞。理不尽な当然、同じ、駄目。


 次第に不安になるような船長のリクルートを目の前にして、私は「このままだと出航前に沈没する」という気がしてきた。いくら私に艦の声が聞こえたところで、航海は船長の言い分ですべてが勝手に動いてしまう。それが奴隷船のヒエラルキーだとすれば、今のうちに是正しておく必要がありそうだった。

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