せめて転生者らしく
私と妹のぎくしゃくした関係はしばらく続いた。折角、一つ屋根の下にいるのに、可愛い妹は挨拶どころか視線を合わせようとすらしない。しかも、私がいない間にはセバスチャンに対して、ずっと私の愚痴を零しているのだった。セバスチャン曰く
「お姉様が胸元にある無駄な脂肪でジャックを誘惑した」
「元はミス・ブサイクだったのに、ちょっと顔が可愛くなったくらいでイキってる」
「お姉様のようなグリズリーにはブス専の侯爵がお似合い」
いや、いくらなんでも酷すぎない? 最後とかタウンゼンド侯爵にまで飛び火しちゃってるし。
しかし、両親はどちらかと言えばタウンゼンド侯爵との婚約に失敗した私よりも、妹に対して同情的だった。こうなった以上、私には妹との関係を改善する義務があるように思えてきた。
「そういうわけで少し協力して欲しいのだけれど」
「はい。お嬢様がお望みでしたら、たとえ火の中、水の中。どこへでも駆けつけ、お嬢様にご助力いたす所存です」
セバスチャンが口先だけは達者に答えた。日頃からそれくらいの意気で私のサポートをしてもらいたいものだが、彼も妹の愚痴を聞き飽きてきたという事実があった。愚痴を聞いているくらいならば、私に協力したほうが面白いとでも思っているのだろう。
「単刀直入に聞くわ。妹の心を掴むにはどうしたらいいか教えて」
「一つ手がございます」
「何かしら?」
「甘味でございます」
おっとこれはストレートな回答。古今東西、どこに行っても女子は甘味を所望なさる。
「最近は新大陸の植民地でも製糖業が行われているとは言え、砂糖の値段は高止まりしておりました。庶民には贅沢な高級品です。ですから、エリザベスお嬢様は甘味に飢えておいてのはずです。もう野獣の如く」
野獣。それならば、私が現代日本チックにアレンジした甘味をお出ししても、通用するかも知れない。私とセバスチャンは甘味作戦で、妹を落とすことに決めた。
「それじゃあ、まずここに書いてある材料を持ってきて」
「どれどれ……あれ? カステラをご所望ですか。既に甘味になっているように思いますが……どういう事です?」
「カステラを異世界風にアレンジするということよ」
「なるほど。元から甘いカステラを、さらに別の甘味に変えようとは、まさしく悪魔的な発想ですね。その他には……コーヒー? 甘味とはまるで違うではありませんか」
「そうなのよ。でも、甘味なの」
「本当ですか? カステラとコーヒー。なんとも奇妙な組み合わせのように思いますが」
「そう思うのは結構だけど、今は材料として必要なの」
「失礼ですが、お嬢様のいらっしゃった異世界とは、何かその、あまり舌がよろしく無かったのではありませんか?」
明らかな疑いを以て、セバスチャンが私に異議を申し立てた。カステラやコーヒーがある異世界を異世界と呼んでしまうのもどうかと思うが、そこは騙されたと思って、ちょっとくらい信じてくれても良いのではないだろうか。
「ええい! 主従関係を弁えなさい! 甘味と言ったら甘味なんだから、ク〇クパ〇ドの人気レシピ集の中にも載ってるんだから!」
こういう時はお嬢様としての立場に訴えるしかない。
「何ですか、ク〇クパ〇ドって。分かりました、分かりましたから。材料をお集め致しますよ」
渋々といった調子で、セバスチャンは街で材料を調達し始めた。しかし、ここで大変な問題が発生した。
「ええっと……鶏卵、牛乳……なんですか、この二つは?」
「卵よ。それにミルク。どっちもお菓子作りには欠かせないというか、お菓子の材料そのものじゃない?」
「卵……何の卵ですか? それにミルクと言っても、普段お飲みになるミルクは、その『ぎゅう』というもののミルクではありませんよ」
「え?」
「え?」
「本当に?」
「本当です」
卵が鶏卵ではない。そして、乳が牛乳ではない。では一体、今まで私は何を口にしていたのだ?
恐る恐る確認すると、それは次のようなものだった。卵は鶏卵ではなく、バジリスク卵。明らかに魔物の卵である。そして乳は牛乳ではなくバッファロー乳であった。最後は常識的に考えれば水牛の乳のはずだが、それも魔物かどうか確認する勇気は無かった。
一応、私の想像しうる限り、現代日本の甘味を再現できる材料が集まったので、私たちはすぐに調理に取り掛かった。ナチュラルチーズを溶かして卵黄を加え、クリーム状にする。そこに砂糖と卵白、生クリームを加え、撹拌し続ける。これ以上、引用すると色々な問題が巻き起こるので(中略)、はい、あっという間にティラミスが完成した。
「これは……美味い!」
セバスチャンはティラミスに舌鼓を打った。材料は若干異なるが、想像以上のものができたと言っても過言ではないだろう。というより、ある意味でより本場っぽい感じになったような気もする。
「早速、エリザベスお嬢様にもご試食いただきましょう!」
セバスチャンと私は意気揚々とエリザベスの下に異世界の甘味、ティラミスを持っていった。
「……」
「エリザベスお嬢様。この度は、メアリーお嬢様が、是非、こちらの甘味をお試しいただきたいと、自ら腕によりをかけて甘味を調理されました。どうぞ」
明らかに小馬鹿にした態度で、セバスチャンは私からティラミスを奪い取り、エリザベスへと差し出した。
「今更、何よ」
「エリザベス様?」
「ジャックと私の仲を引き裂いておいて、今度は何かって聞いてるのよ! 同情でもしているつもりなの?」
妹の眼には涙が浮かんでいた。しかし、私の義眼の右眼には、何の光も浮かびはしない。
「最近、お姉様がよく外に出るようになったせいで、私は噓つき呼ばわりよ。姉のことを嫉妬して、グリズリーだなんて嘘をついていたなんて言われて……。もう、どんな社交パーティにも出ていけないわ」
「エリザベス……」
「近寄らないでよ! お姉様に私の気持ちなんて、分かるわけないわ!」
そう言いながら、エリザベスはティラミスを皿ごとセバスチャンの顔へとシュートした。クリームの乗った生地が爆砕し、セバスチャンは顔一面、仮面も含めて白黒のツートンカラーになった。
「痛い!」
「ぷっはははは! 何それ! 何それー! あっはははっは!」
私はこの緊迫した雰囲気に絶えきれず、思わず吹き出してしまった。
「笑わないでください! というか、食べ物を粗末に扱わないでください!」
「ごめんなさい、でもウケるー! あっはっはっはっは!」
「あー! もう! エリザベス様、まだてぃらみすは余っておりますから、どうか一口でも構いません。お味を確かめてみてください」
セバスチャンの説得に応じて、エリザベスは本当に一口だけ、ティラミスを口にした。
「……」
「どうですか?」
「お……」
「お……?」
「美味しい」
「やったーーー! やりましたよメアリー様! 美味しいそうですよ」
「そんなに騒がないでよ! たったの、一口だけよ。一口だけのつもりだったんだけど……」
「ほらほら! 二口、三口。エリザベス様、そんなこと言って甘味を食べたいんじゃないですか!」
「当たり前じゃない! こんな……こんなに、甘くて、でもホロ苦くて……こんな……今まで食べたことない……」
そう言いながら、エリザベスは両目から真珠のように大粒の涙を流して泣いていた。
「もう放っておいてよ!」
スプーンを咥えたまま、嫌がるエリザベスに追い立てられ、私たちは台所から退散した。年頃の女子は難しいものだと、私は再認識させられたのだった。