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カナちゃんは二枚目ですし!

 さて、沈没船の金銀財宝という資金を得たグランヴィル家ではあったが、その資金は私ことメアリー・グランヴィルに託されることになった。他に資金を運用できる者がいなかったからである。


 その原因は婚約破棄にあった。よりにもよって私を婚約破棄という地獄に突き落としたタウンゼンド侯爵が、グランヴィル家に対して私怨を抱いてることが明らかになったのである。彼は父宛てに長々とした文面の手紙と、私の過去の肖像画を送りつけ、セバスチャンの無礼と私の顔の変容を(なじ)った。


 写真という技術がないこの世界では、肖像画こそが婚約の決め手だった。そして、あろうことか私のかつての肖像画の顔は、百人中百人のブス専しか選ばない顔立ちだったのである。


 残念なことに、タウンゼンド侯爵は幸せになるはずだった結婚をご破算にしたグランヴィル家の邪魔をすると言って、わざわざ商業的宣戦布告を送ってきたのだった。これについてセバスチャンは「趣味と性格が悪い」とだけ言い放った。私もそう思う。


 侯爵の好みから外れた私には他に相応しい殿方がいることだろう。しかし、婚約の失敗は長く尾を引いた。侯爵の根回しにより、アルベマール公夫妻が借金塗れだったことを理由に、誰も新規事業の開始を承認してくれなくなってしまったのである。また、私には妹のエリザベスを除いて兄弟姉妹はいなかった。


 結果、資金の運用は私一人が面倒を見ることになった。しかし、転生者である私が頼れるのはセバスチャン一人だけだった。


 そんなある日のこと、私はいつものように風呂上がりの一杯を引っ掛けながら、タオル一枚を巻いて邸宅の中を歩き回っていた。すると、茶の間に見知らぬ殿方の姿を見つけた。淡い赤毛に蒼い灰色の瞳。十点中七点くらいの三枚目だ。きっとセバスチャンの代わりになる新しい使用人か何かだろう。


「おや……? 貴方は――」


 私に気付くと、見知らぬ殿方は芝居がかっているように見えるほど驚愕した表情を浮かべた。


「一体、どうしたんですか、服を脱いで……。まさか盗まれたのですか?」


「いや、ちょっと風を感じたくて」


「それで服を脱いで歩き回るのはどうかと思いますよ」


 全く以てその通りではある。現代日本の狭いワンルームならまだしも、ここは異世界にある植民地の邸宅である。公爵の邸宅として、それなりの広さはあるし、時には見知らぬ客人だって現れる。だが、多少の我慢をして日課を潰すことなどできるわけがなかった。私にはこれから資金運用という難題が待ち構えているのだ。呑まずしてどうやって日々の苛立ちを解消できようか。


「湯冷めしてはお身体に(さわ)ります。どうかこれを」


 そう言って三枚目の男は自分のコートを私の肩にかけた。その時、彼の手が私の腕に触れた。


「申し訳ない」


 三枚目はすぐに手を離したが、私は確かに彼の温もりを感じていた。


「ありがとう」


「礼には及びません」


 私は感謝の気持ちを表すため、ひとまず彼の手の甲に口づけをした。恐らく、異世界でもこうした儀礼的な挨拶は通用するはずだろうと思っていた。


 その刹那、部屋の出入り口から絶叫が響いてきた。そこに立っていたのは妹のエリザベスだった。


「お姉様……それにジャックまで……。そんな……!」


 あれ? もしかして私、何かやっちゃいました?


「ベス! 聞いてくれ。誤解だ。僕はただ、君のお姉様が服も着ずに風に当たりたいと言っていたから――」


「そんな嘘、聞きたくないわ! お姉様も……人の殿方を奪い取ろうだなんて、恥知らずよ!」


 ということは、この三枚目は妹の婚約者? 完全にやらかしてしまった。エリザベスは言うやいなや邸宅の出口へと駆け出していた。私の妹が勘違いするのも無理はなかった。現在、私は己の罪以外は一切を纏わぬ姿で、しかも男のコートを肩からかけているのだから。露出狂か? だが、三枚目のほうは満更でもないようだった。


「ベスは最近、酷く困惑しているようです。感情の波が激しいというか……。僕もついていけません。しかし、話に聞いていたグランヴィル家の姉上が、まさかこんなにもお美しいとは。彼女は百人中百人の好事家しか貴方と婚約しないなどと言っていましたが、嘘だったようですね」


 そう言って、今度は三枚目が手の甲に口づけを返してきた。まさに男女の馴れ初めである。


「申し遅れてしまいました。私はジャック・ブリッジズ。カーナーヴォン伯の爵位を賜っております。貴方の妹君とは許嫁の関係ですが、今はその……気持ちが揺らいできてしまいました。貴方のその、豊かで今にも零れ落ちそうな胸、それでいて(しな)やかで細い手足、均整のとれた丸みを帯びている腰回り、透き通るような肌、艷やかな金髪……すべて完璧な女性のあるべき姿です!」


 若い伯爵はそっと頬を赤らめながら告白した。あまりにも唐突な流れに、私自身ついていけない。そもそも、私だってこの身体になったばかりなのに、身体的特徴を全部並べられても、困る。


 一度付き合った相手とはいえ、今の婚約者が精神的に不安定になってしまい、別の女に乗り換えたいという気持ちは分からなくもない。しかし、それがよりにもよって婚約者の姉とは。人生はすぐに歯車を狂わせてくる。


「ありがとう。お気持ちは嬉しいのですけれど、貴方にはエリザベスという相手がいるでしょう。私なんて、もう本当にちょっとだけ胸が大きくて、タウンゼンド侯爵に婚約破棄される程度の女に過ぎませんわ」


 私は最大限、自分を卑下しながら伯爵に言った。


「そんなご謙遜を! ベスからは貴方のことを史上最悪のブスだとか、歩くグリズリーだとか、散々だと聞いてきました。それが全部、事実無根の嘘だったのですよ。私は彼女に騙されていました。そして、貴方は名誉を傷つけられた。お互いに彼女の被害者と言ってよいでしょう」


 どうやらジョークも通用しないようだ。というか、そう言いながら三枚目は鼻血を流している。最早、面食いを通り越して発情期の猿じみた反応である。


 最初から婚約を財産目当てにしか考えておらず、姉妹のどっちでもいいから、とりあえず金持ちと結婚してくれと思っている両親はともかく、こんな言葉を聞いたら妹のショックは底知れない大きさになるだろう。なんとかして、三枚目と妹の仲を復活させなければならない。


 そんな時、一番会いたくなかった奴が、えっちらおっちらと現れた。


「おや、お取り込み中ですか」


 セバスチャン。こいつが来ると話が余計に拗れる。しかし、それでも主人として、こいつの手綱を操る責任が私にはあった。


「セバスチャン、大変なことになったの。こちらにいるカーナーヴォン伯爵が私に一目惚れしてしまって、エリザベスとの婚約が危機的状況になってしまったの。どうにかこうにか二人の仲を修復してくれないかしら?」


 とりあえずパスを回す。


「それじゃ、顔面だけグリズリーに戻しますか?」


「それは駄目」


「あ、はい」


 セバスチャンは冗談も軽く済ませて、伯爵に何事か耳打ちし始めた。セバスチャンの冒涜的な情報網を持ってすれば、伯爵の弱みを握りつつ、妹との関係を修復することなど容易いものだろう。


「な、何? まさか、本当に?」


「左様でございます。メアリーお嬢様の顔は私が作ったものです。こちらがモデルにした人形です」


「いくらで譲ってもらえるんだ?」


「まあ職人の一点物で、まさしくプレミア品ですからね。そう簡単に譲るというわけには……」


「わ、分かった。金では解決できないということだろう。君の言うことを何でも聴くとも」


 三枚目。まさかのフィギュア趣味。


「それでは、お嬢様の命令には絶対に従っていただきます。私めは所詮、使用人ですから。よろしいでしょうか?」


「このカーナーヴォン伯爵、ブリッジズ家の名誉にかけて、君の人形にかけて誓おう」


 そこは誓って良いのか。


「えぇっと、それじゃあ、エリザベスにきちんと話をして、誤解を解いてきてください。それと、私のビジネスの支度金として、いくらかこのセバスチャンに包んでやって――」


「はい喜んで!」


 食い気味に答えた伯爵はセバスチャンに白紙の小切手を渡すと、一目散に妹の後を追いかけていった。忠実な下僕が一人増えたものの、物凄く不安に感じるのは何故だろう。

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