エピローグ ~ 解放
よく晴れた日だった。その日、アルベマール公爵が招いた大勢の客人や親類の前で、私たち二人はニュートン牧師の前に立った。ニュートン牧師は厳かな口調でカーナーヴォン伯爵ジャック・ブリッジズに尋ねた。
「ジャック・ブリッジズよ、汝はこのエリザベスを妻とし、健やかなる時も病める時も、富める時も貧しき時も、これを愛し、敬い……そして共に歩み、助け合い、死が二人が分かつ時まで、その生命が続くまで愛する事を誓いますか?」
「……誓います」
やや緊張した面持ちで、カーナーヴォン伯爵が答えた。次は私の番だった。
「エリザベス・グランヴィルよ」
ニュートン牧師はジャックと同じように、私にも誓いの言葉を述べさせた。
「誓います」
「よろしいでしょう。それでは誓いの口づけを」
ニュートン牧師が促すと、私たちは互いの唇を合わせた。これまでの私の人生で、最も幸せな瞬間だった。地元デヴォン、エクセター大聖堂付きの教会で挙式を行った私たちは、集まった人々から温かい祝福を受けていた。しかし、その中に姉であるメアリーの姿は無かった。
「ありがとうございます。どうも、ありがとう」
ジャックの挨拶に、大英帝国議会の議員たちが応じる姿が見えた。ジャックも議会の議員に選出され、今後の私たちの結婚生活は意気揚々としたものになると予想されていた。両親は私たちを祝福したが、結婚式の資金はブリッジズ家とメアリーの仕送りから出させていた。本来ならば、私たちの事を最も祝ってくれているはずのメアリーは、結婚に際して手紙と小切手を送ってきただけだった。
今、彼女がどこで何をしているのかは判然としなかった。三年前にアメリカで会ったきり、メアリーは自分の艦を自らの居場所としているようだった。時々、便りを送ってはくるが、それは事業の運営状況や航海の予定ばかりで、彼女自身の事は書かれていなかった。
最後に会った時、メアリーはシエラレオネを目指すと言っていた。
「ジョージアのオグルソープ卿が、新しい都市計画を立てているわ。私はそれに協力するつもりなの」
「何だって……?」
その時の姉の言葉に、父は唖然としていた。姉が誰かのために行動するところを、両親は見たことがなかったからだった。セバスチャンはニュートン牧師の影響だと言っていたが、それだけでは無いという事は一目瞭然だった。
これまでの航海で、姉は得難いものを得てきたようだった。顔立ちが変わっただけでなく、心にも変化があったと言うべきかも知れなかった。ただ、メアリーはその理由を明かそうとしなかった。彼女が味わったのが試練だったのか、それとも苦痛だったのか、それすらも私たち家族が知ることはなかった。
彼女は金三キログラムを置いて、奉公人を雇って家を立て直すように言った。それから、定期的に仕送りをすると約束してくれた。ジャックは何とかメアリーを呼び止めようと必死になったが、その試みはすべて無駄だった。
「これからが正念場なの」
「正念場とは? そこまで航海に拘るのは何故なのですか?」
「それは――」
答えは海だけが知っている。
一部の登場人物は歴史上、実在の人物をモデルとしている。また作中の時代は西暦1759年を目安としている。
アルベマール公爵バーナード・グランヴィルは実在の人物である。ただし、彼は海軍の将校で独身だった。子孫については本作のフィクションである。
ジョン・ニュートンは実在の人物である。奴隷船の船長から牧師となり、奴隷貿易禁止運動を行った。著名な賛美歌アメージング・グレースの作詞者としても知られている。
スネルグレイヴ家、ウィリアム・スネルグレイヴは実在の人物である。奴隷船の船長であり、水夫からの評判が良かったため、海賊に襲われた際も助命されている。
貿易商のジョゼフ・マネスティーおよび代理人のバニスターは実在の人物である。マネスティーは奴隷船建造に関する詳細な指示をバニスターに対して行っている。
ポッスルウェイト卿は実在の人物である。彼は論説を執筆して奴隷貿易を正当化していた、王立アフリカ会社のロビイストだった。
ヒューバ・サルーメナは実在の人物である。フータ・ジャロン王国の聖職者であった彼は手違いで奴隷として売られたが、その後、自分の現状を訴えて解放され、大英帝国にも渡った。
ヘンリー・タッカーは実在の人物である。当時、シエラレオネを牛耳っていた仲介業者である。シエラレオネでは彼の一存で奴隷が売買される事も少なくなかった。
ジェームズ・オグルソープは実在の人物である。他の被信託人とともに王室から勅許を受けてジョージアのサバンナ市を開発した。また、シエラレオネに会社を興し、後のシエラレオネのフリータウン、解放奴隷の都市の基礎を作った。




