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新たな旅路

 ジェームズ・オグルソープ。ジョージアにサバンナ市を開いた男は、新たにシエラレオネでも解放奴隷による都市を計画していた。洒脱と言えば聞こえは良いかも知れないが、オグルソープの考えは些か現実離れした感もあった。それほどまでにこの男は清廉潔白であり、正しい貧者を導こうという理想は高くならざるを得なかったのである。


 しかし、今は選り好みなどしている場合ではなかった。オグルソープの理想に乗って、私は黒耳長族(ダーク・エルフ)にとっての安住の地を、自らの手で切り拓こうという計画に賛同していた。


「素晴らしい計画ですわ。オグルソープ様。解放奴隷のための都市計画なんて」


「ありがとう。私も出兵したのですが、今回はフロリダについては残念でした。しかし、ジョージア内陸部は奴隷を用いた農場によって発展するでしょう。この土地は安泰です。であれば、次こそは正しい者たちの土地を作られねばなりません」


 オグルソープはニュートン牧師からの手紙を握ったまま、熱のこもった言葉を語った。


「私たちには資金もある。ニュートン牧師の支援も。シエラレオネに新たな会社を興し、都市を建造する計画を立てられます。当面の問題は――」


 その答えは明白だった。労働力。田畑を開墾し、都市を築き上げる者たち。志願者たちが必要不可欠だった。そして、それだけの労働力を、今、私たちは提供でき得るのである。


「奴隷貿易禁止とまでは行きませんが、まずは解放奴隷が主導し、解放奴隷による都市を建造する事が先決です。貴方との出会いは、まさに神が遣わせたものだと、私は信じています。タウンゼント侯爵はアルベマール公爵が赤貧に喘いでいると仰っていたが、この計画はまさにその再出発に相応しいものではないですか」


 そう言って、オグルソープは私の手を握った。褒められているのか貶されているのか判断はつかないが、私の後ろでセバスチャンは納得したように何度も頷いている。この二人は何となく気が合いそうなので、私はしばらく黙っていた。


 晩餐会が終わった後、私はマーサと共にサバンナ市内へと赴いた。この先、どうするべきか、相談できる相手は少なかった。


「ジョージアでも奴隷の禁止はできていなかった。オグルソープも奴隷貿易を今すぐ止める事はできないそうよ。それに、解放奴隷にきちんとした職を与える準備も無いの」


「また別の場所を探すの?」


「オグルソープはシエラレオネに新しい都市を築きたがっているわ。解放奴隷たちの街をつくるって……。彼の計画に乗るかどうか、考えているの」


「シエラレオネに戻れる……?」


 マーサの目には微かな希望の光が宿っていた。自分たちの住む土地を、自分たちで切り拓く。その道は険しく過酷なものかも知れないが、失われた自分たちの居場所を、自らの手で生み出すことは大きな可能性を秘めている事業でもあった。


 事業の当事者である開拓民を黒耳長族(ダーク・エルフ)たちが担う事について、オグルソープは積極的な姿勢を見せていた。正しき貧者を導きたいという彼の信念によれば、解放奴隷たち自身が、都市を築いたほうが定着しやすいだろうとの事だった。私もオグルソープと同意見だった。


 最後の問題は、彼ら自身がこの計画に乗るかどうかだった。あえて言うならば、他に道が無い中で、自分たちの力で居場所を作れと命じているのにも等しいのだ。そうした計画が受け入れられるか、私には不安があった。


「私は……このままイングランドまで連れて行かれると思ってた」


 マーサがサバンナ川沿いに広がる農場を眺めながら言った。


「そうやって見たこともない都会で、窮屈な生活をするんじゃないかって。皆とも離れ離れになると、そう思ってた」


「……」


「でも、違うのね。メアリー、貴方は……とても良い人よ。父もきっと、貴方の行いを信じていたと思う」


 聖職者(イマーム)の目で、少女は私を見ていた。その真っ直ぐな視線は、すべてを受け入れる用意があるようにも見えた。それに対して私が与えられるものは、単なる船旅だけなのだ。


「私はただ、自分が為すべきだと思った事をしてきただけ。勿論、それが受け入れられない時もあったし、間違った事をした時もあったとも思ってるわ」


 だが、それでも、旅の最後があるとするならば、終わりだけは良いものにしたかった。奴隷になりかけた黒耳長族(ダーク・エルフ)をいたずらに助け出して、どこかに放置するなんて終わり方だけは御免だった。そのためには、最後まで彼らの面倒をみていたい。それが私の旅のすべてだった。


 この重責を、幼いマーサに押し付ける事はできない。ただ、彼女たちは付いて来てくれさえすれば良い。それが自然な形で成り立てば、私は十分だった。


 翌朝、私はレディ・アデレイドへと戻った。黒耳長族(ダーク・エルフ)たちを再びシエラレオネへと連れ帰るには、十分な補給物資が必要だった。オグルソープの計画に先駆けて、私はジョージアを発ち、シエラレオネへと戻るつもりになっていた。焦る必要はなかったが、艦と共にいるのが船長の務めだと、私は考えていた。


「なんじゃ? もう休暇は終わりか?」


 主甲板に立った時、ラスボーンが私を呼び止めた。老樹人族(トレント)の足元には白猫のヘイゼルが寄り添っている。


「冬場は海も荒れる。春先まではアメリカで過ごすのも悪くはないと思うがのう」


「それはどういう意味?」


「家族に会ってきても良いのではないかのう」


 ラスボーンが言うと、ヘイゼルが颯爽と甲板の縁に飛び乗った。


「そうだったわね。忘れてた……」


 現在の家族、グランヴィル家の父母そして妹はまだアメリカに滞在しているはずだった。港で便りを出してはいたが、こちらの近況を知らせるばかりで、向こうの状況は分かっていなかった。


「たまには寄り道も必要じゃろう。レディ・アデレイドの世話はわしらに任せて、春先まで家族と過ごす。それで問題なかろう?」


「えぇ。分かったわ。ありがとう」


「礼には及ばん。船長には尽くしておかんと、給金がどうなるか分からんからな」


 冗談を言いながら、ラスボーンは高級船員室へと向かっていった。残されたヘイゼルに燻製肉の欠片をやると、彼女は満足気に長く鳴いた。


 今回の航海について、家族にどのように報告すべきなのか。商売としては成功だったとは言えない。軽い気持ちで出港してみたものの、やはり奴隷貿易など女がやるものではなかった。それでは、犠牲を出しながら海の神と呼ばれる怪物を倒した? 娘を危険な目に遭わせていたとすれば、両親としても気を揉む事になるかも知れない。ではどのように言えばいいだろうか。


 公爵令嬢が奴隷船の船長になるという件について、公爵である父がどう思うのかなど、航海の前は考えたこともなかった。きっとこうした事実が知れ渡れば、金持ち貴族の殿方との婚約は遠のくだろうとも思われた。だが、今となっては遅かれ早かれ、そうなっていただろうとも思える。元々、私には結婚願望なんてものは無かった。今の身体では若すぎるとも考えているくらいだった。


 艦読みなんていうハズレスキルを引いてしまった以上、もっと異世界について知ってからでも、行動は遅くはないだろう。何れにしても、家族には現状について納得してもらうより他に無かった。奴隷船の船長だった牧師から薫陶を受け、奴隷船の船長となった公爵令嬢。誰に嘲笑われようと一向に構わない。それが私のあるべき姿なのだから。


 あれこれ考えても仕方ない。私はセバスチャンを伴って、家族の下を訪れることに決めたのだった。

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