表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/38

人、人、人の目がキミを追う

 サン・ルイスのコエリョ提督から何の支援も得られないまま、私たちの作戦は進行した。まず、囮として天人族(セレスティア)であるマグナスが雑用小船(ロングボート)に乗り込む。そして、海の神が現れたら、マグナスが奴を引きつける。その間に私の艦読みによって奴の位置を特定する。その後はひたすら火力を押し付けて勝利する。


 力づくにも程があるが、相手がどれだけの戦闘維持能力を保持しているか不明である以上、全火力で押し付けるのが正解だと私は考えていた。勿論、他の船員や乗組員たちも同意の上である。弾幕はパワー。パワー・イズ・ジャスティスである。


 ありったけの砲弾を買い込んだ上で、私たちは半月かけて戦闘態勢を準備した。黒耳長族(ダーク・エルフ)の水夫たちをサン・ルイスの要塞で訓練し、水兵と呼べる程度までボトムアップしたのだ。これはすべて自由を勝ち取るための戦いである。ヒューバも無論、そこに反対することは無かった。


「我々は既に一度、全てを失った。もう二度と、同じ轍は踏まない。そのために、この戦いで海の神を始末する」


 彼は出来うる限りの言葉を以て、フータ・ジャロン王国の黒耳長族(ダーク・エルフ)の村人を鼓舞し続けた。ここで戦わなければ、もう一度、全てを失うことになるのだ。女子供まで奴隷として再び売り払われることになってしまう。それを避けるには、海の神と戦い、そして勝利せねばならない。彼の言葉は端的だったが、黒耳長族(ダーク・エルフ)たちを勇気づけるには丁度良いようだった。


 そして、ついに出撃の日がやってきた。その日は竜機の速達郵便が交換される日だった。警備任務の時と同様に、竜機を見守るようにレディ・アデレイドは出港した。提督の見送りは無かった。彼はやはり、私たちの行為を自殺未遂のように考えているだけのようだった。


「海の神は絶対に竜機と天人族(セレスティア)を狙ってくるわ」


 私は甲板長のマグナスに向けて言った。


「ボート一隻で海の神の前に出るなんて……自殺行為デス……」


「それが自殺で終わらないように、私たちが全力で戦うわ」


「ハイ……」


 マグナスには悪いが、これは作戦である。海の神が現れ、こちらを狙わなければ意味が無いのだ。マグナスは不安気な表情で、主甲板の上で帆布が積まれた雑用小船(ロングボート)を振り返った。雑用とは言え、そこには旋回砲も装備されている。対人兵器を積んだ戦闘用の小船なのだ。ただし、それで反撃できるのは精々、大型の鮫までだった。


 海の神を倒すには、レディ・アデレイドの火力が絶対的に必要である。私の目が節穴でなければ、相手は巨大な鯨だ。それも魔法によって自身を透明化している。一回や二回の砲撃で倒せるほど、虚弱な生物ではないはずだった。


「本当に倒せるのでショウカ……」


「心配いらないわ。魔獣とは言っても、相手だって生き物のはず。殺せないはずはないわ」


 私が雑用小船(ロングボート)から帆布を剥ぎ取ると、小さな悲鳴が下から響いた。


「マーサ?!」


 そこにはヒューバの娘、マーサが丸くなって潜んでいた。


「なんでこんな所に……」


「私も戦うわ」


「ヒューバは子供を連れてこいなんて言ってなかったでしょう」


「私も聖職者(イマーム)の娘として、魔法を使える。皆のために戦えるわ」


 マーサの眼は真剣な光を帯びていて、そこに子供らしいあどけなさは一切無かった。彼女は戦いに来たのだ、本気で。しかし、子供まで命の危険に晒すわけには行かない。


「ありがとう、マーサ。貴方は勇気があるわ。だけど、それは今は取っておいて。船長室で、私が良いと言うまで待っていて」


「私だって魔法を使える。子供扱いしないで」


「……戦いは私たちに任せて。どうか分かって」


「嫌」


「マーサ? 一体どうやって……」


 下甲板に繋がる階段を見ると、ヒューバが唖然とした表情で立っていた。その顔には明らかに動揺が見て取れた。ヒューバに向かって、マーサが現地語で声をかけた。


「名有る奥」


「名有る? 絵米良化豆々!」


 何を言っているのかは雰囲気で察せられた。戦うなど以ての外だと、ヒューバは言いたいのだろう。ヒューバはボートまで歩み寄ると、マーサの腕を引き、船長室へと連れて行こうとした。それでもマーサは抵抗の様子を見せた。ヒューバはついに言葉ではなく、平手で娘を打った。


「ッ!」


 マーサはただ驚いた面持ちで父親を見ていた。ヒューバは苦々しい表情で娘の顔から目を逸らせた。


「はしたないところを見せた……すまない」


 ヒューバはそれだけ言うと、マーサの腕を引っ張って船長室へと下がっていった。


 その時だった。背中を悪寒が這い回るような感覚が、私を支配した。最早それは人という生き物の本能的な直感だった。


(奴が来ますよ)


 レディ・アデレイドもその気配を察知している。海の神が、来る。


「マグナス、さぁ行って!」


 マグナスが雑用小船(ロングボード)に乗り込むと、水夫たちはすぐに海面まで雑用小船(ロングボード)を降ろした。索具で繋がれているとは言え、海の神による攻撃を受ければ、ボートはすぐに転覆してしまうだろう。これは時間との戦いでもあった。


(魔獣は……狙……って……)


 海の神に襲われた船舶の残骸。その微かな声が南東の方向から響いてきた。奴は風下に陣取っている。チャンスだった。


「奴は南東にいるわ! 砲撃の準備を!」


 突如、ボートの真上に黒雲が湧き始めた。やはり海の神はそこ(・・)にいるのだ。私は神経を研ぎ澄まし、船長室で艦の声を追った。マグナスの乗るボートが南東へと進んでいく中で、刻一刻と砲撃の準備が行われる。チャンスは何度あるか分からない。一撃で勝負を決められなければ、攻撃し続ける必要があった。


 私が船長室のバルコニーから外を見ると、飛んでいた竜機が何かにぶつかるような挙動を見せた。間違いない。奴は目の前にいるのだ。


「奴は竜機の真ん中にいるわ!」


 私の叫びに、艦が方向を変える。右舷の砲列が姿なき魔獣へと揃って向いた。


「ッ撃て!!」


 エドの号令を合図に火砲(カノン)が轟き、砲弾が上空に放たれた。そして、瞬時に空中で爆散するのが見えた。


「命中しておるぞ! 奴は船長の指示通り、南東におる!」


 ラスボーンが興奮気味に叫んだ。私たちはついに海の神を捉えたのだ。


『GUGYAAAAA……――』


 魔獣のものと思われる咆哮が、黒雲の向こうでこだました。その轟音は火砲にも勝るとも劣らない音量だった。しかし、どうやら私たちの攻撃は有効打になっているらしい。


「第二射を準備!」


 間髪入れずに次なる砲撃の斉射が開始される。爆裂する砲弾がまるで雨あられのように、見えない対象に向かって発射される。やはり弾幕はパワーだ。だが、私たちの喜びは長続きしなかった。突然、火砲の轟音は海面の水飛沫へと変わった。対象を失った砲弾は、虚しく海の中へと吸い込まれていく。


「どういう事……?」


 まさか、奴は瞬間的に(・・・・)どこかへ移動したのか。周囲の轟音で艦の声も聞き取れず、私は完全に海の神を見失っていた。


 次の瞬間、レディ・アデレイドの後甲板で怒号が上がった。索具が軋み、三角帆がバラバラに引き裂かれていく。私は思わず船長室の中へと下がった。その刹那、バルコニーの柵が破壊されたのは同時だった。反撃された? まさか、いきなり後ろに回ったというのか? 一体どうやって――


 転移魔法。


「奴は転移魔法を使ったのでは? それでいきなり、艦の後方へ移動を……!」


 セバスチャンが壁に張り付いたまま呻いた。そんな魔法まで使うと言うのか。浮遊、透明化、暴風雨、そして転移。海の神はまさに魔獣の頂点だった。あらゆる魔法を駆使し、挑む人間を弄ぶ。一体どうやって、そんな相手に勝てばいいのか。


 バルコニーの外では、予備の雑用小船(ロングボート)が流されていくのが見えた。このままではマグナスが危険だった。


「早く、マグナスを退却させないと……!」


「お嬢様は船長室にいて下さい! 危険です!」


「私が行くわ!」


 マーサが一瞬の隙を突いて、隠れていたベッドから飛び出していった。


「駄目!」


 私の叫びに背を向けて、マーサは船長室の扉に手をかけた。扉が開かれると、主甲板の上で見えない何か(・・)がのた打ち回る様子が目に飛び込んできた。


「マーサ! 来るな!」


 主甲板の上ではヒューバを筆頭とする黒耳長族(ダーク・エルフ)たちが見えない何かと戦っていた。放たれる魔法は透明化した尾ひれの輪郭を捉えるものの、それが致命打となることは無かった。


 死闘の中、ヒューバの声がマーサを止めることは無かった。マーサは血みどろになった主甲板の上で呪文を唱え、マグナスが乗るボートへと瞬時に転移した。そして、彼女はマグナスを抱えると、すぐに主甲板へと転移魔法で戻ってきた。


「マーサ!」


 ヒューバがマーサの名前を叫んだ時、彼女たちの着地点には、水飛沫と共に透明な尾びれの輪郭が迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ