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ノーマネーでフィニッシュです

「メアリー、お前が無事で本当に良かった。一時はどうなることかと思ったが……そうだな、まるで生まれ変わったようだ、うむ」


 私の現在の父、アルベマール公爵ことバーナード・グランヴィルが落ち着かない様子で述べた。それもそうだろう。実の娘の中身が社畜根性丸出しの現代日本人に入れ替わってしまったのだから。しかし、そういった事情を知らない彼は、私の中身以上に、セバスチャンの施術によって全く顔が変わってしまったことを気に病んでいるのだろう。


 婚約者である侯爵から婚約破棄を言い渡されてしまったことは、彼にとってあまりにも想定外だった。だが、借金塗れの公爵家の台所事情に、深刻な打撃を与えたことは明白だ。


「貴方が右眼を失った時には、本当に世界が終わったように思えたわ。でも、今は命だけでも助かって良かったわ。主の思し召しがあったのね。ねえ、エリザベス?」


「……」


 私の現在の母、オーガスタ・グランヴィル夫人がまるで他人事のように、夫の言葉を継いだ。私の現在の妹であるエリザベス・グランヴィルは母の言葉にも沈黙したままだった。むしろ、今度は自分に婚約という重荷が()し掛かってきたことを恨んでいるに違いない。


 人工物の塊になってしまった私と違い、彼女は色濃く母の血を受け継いでいた。艷やかで美しい長い黒髪(ブルネット)に、翡翠のような瞳。現代の基準から見ても可憐な美少女である彼女には、既に見初めた相手がいると、私はセバスチャンから伝え聞いていた。


「えっと、その……ごめんなさい。侯爵との婚約がご破算になってしまって」


「え?」


 家族たちに揃って驚愕した表情が浮かぶ。


「侯爵の財産が目当てだったって、セバスチャンも言っていたから……。こんなことになって、私……」


「そそそ、そんなことはない! 嗚呼、セバスチャンの奴め。おおお、お前がそんな謙虚な性格になっているなんて、ひひひ、一言も言ってなかったから……」


 そんな怯えるほど変わってしまったのか? 私は父の恐怖に歪んだ顔を見たまま、さらなる疑問が沸いてきて、すぐにそれを口にした


「ところで、家の借金はどれくらいなの?」


「いいい、家の借金? そうか、それも忘れてしまったのだったな。いいい、いや、そんな大した額じゃあないぞ。なあ、お前?」


 声を震わせたまま、父は母へと話題を振った。


「え? えぇ、そうね……貴方の治療費と今の借金を合わせたら、沈没船の宝が丸ごと全部買えるくらいだわ。もうこの邸宅と土地だって抵当に入っているし、貴方の結婚が無くなって、どうやって暮らしていけばいいか、想像もつかないわ……」


 おぉ、神よ。婚約破棄から僅か二時間。私は早くも転生から二度目の屈辱を味わうことになってしまった。



***



「お嬢様、探しましたよ」


 白い砂浜で一人佇む私を見つけて、セバスチャンが声を掛けてきた。私は彼を振り返ること無く、冷たい海水の下で砂を蹴飛ばした。


 ここは新大陸の開拓地域。その入植地の様子を家族揃って見に来た時に、よりによって厄介な病が流行しているなんて。そして、その病が私と家族のすべてを変えてしまうなんて。あまりにも(むご)い運命だった。


「一人にさせて」


「お嬢様……」


 セバスチャンはそれ以上は何も言わなかった。グランヴィル家が持っているタバコの農場は、タバコの供給過多による値下がりを受けて、雑草同然となったタバコに埋め尽くされていた。収穫するための人員すら雇い入れることは叶わない。まさしく兵どもが夢の跡という状態だ。


 家族の再起をかけた婚約も、結局上手くはいかなかった。もし時間を巻き戻せるならば、船旅に出る前に私は家族を止めていただろう。しかし、何事も手遅れだった。


 私の頬を一粒、二粒、涙が静かに落ちていった。唇を濡らした涙は海水よりも辛く、そして熱かった。


(助け……くれ……)


 一瞬、私は自分の思いがいつの間にか口に出ていたのかと思った。しかし、セバスチャンは声を掛けてこない。


(助けて……お願いだ……)


 いや、思い違いではなく、確実に何者かが私に声を掛けている。しかも、助けを求めている。私は声のするほうへと自然に歩みだしていた。


「どうなさったのですか?!」


 セバスチャンが私の後を追ってくる。だが、私はセバスチャンを振り返らずに、ひたすら声のする方角へと浜辺を進んだ。静かな海面に、私の作った波紋だけが残っていく。


(……引き……揚げ……)


「どこにいるの?!」


 姿なき声に呼び掛けた時、私は足元の水底で何かが蠢くのを感じた。


「これは……?」


 それは大人一人が余裕で入れるほどの巨大なチェストだった。セバスチャンを呼び、二人がかりでようやくチェストを引き揚げた時、私たちは肩までずぶ濡れになっていた。


「なんでしょう? 沈没船のお宝でしょうか?」


「まさか……」


 そのまさかが起こった。チェストを開けると、中では山のような金銀財宝が、月明かりの下で怪しい輝きを放っていた。こんなことが起こるだろうか。姿なき声に導かれ、宝の山を探し当てるなど。万が一の超高校級の幸運が起こってしまった。


「ええええ?! ちょっと、すごいですよ。どういうことですか、これは?!」


「わ、分からないわよ! ででで、でも、これは落ちてたものだし、だだだ、誰もいないし、もらっちゃっていいのかなーなんて――」


「いや、絶対に私たちのものですって! 早いところ故買に出してしまいましょう! いや、これだけあるんですから、手元にも残るはずですよ。これを元手にして、事業を始めましょう。今度は失敗しませんって!」


 セバスチャンが大興奮でまくし立てた。私も若干鼻血が出てくる程度に興奮してしまった。公爵令嬢ともあろう者がはしたない。そう思いつつも、覚めやらぬ興奮と鼻血は止まらない。私は他に財宝はないかと欲が出てきてしまった。


「先程から気になっていたのですが、どうなされたのですか? 急に耳をそばだてたりして……」


「静かに!」


「……」


 私は某県議のように耳元に手を当て、どこからか声が聞こえてこないか必死で耳を澄ませた。しかし、既に声は止んでしまっており、夜の浜辺には静寂だけが残されていた。


「もう、何も無さそうね」


「お分かりになるのですか?」


「そうね……。誰か分からないけれど、声が聞こえたの……」


 私の言葉を聞いて、セバスチャンはぎょっとしたように顔色を変えた。


「それって明らかに心霊の類いではありませんか。ちょっと待ってくださいよ。そうなったら、これ呪いの財宝とかそういう話になってきますよ。嫌だなー! そういうのー! 嫌だなー!」


 セバスチャンはそそくさとチェストから離れ、私の背中に隠れようとした。長耳族(エルフ)と魔法がある世界でよく言う。というか、こっちはまだ鼻血も止まってないのに、使用人が主人の後ろに隠れるのって有りなのか?


 その後はなんだかんだあって財宝を二人で家まで持ち帰り、私たちはグランヴィル家の借金を返した。抵当に入っていた邸宅と土地も取り戻し、グランヴィル家は命脈を保つことができたのである。しかし、財宝を手に入れた経緯を家族に明かすことはできなかった。セバスチャンの言う通り呪いの財宝であるならば、この幸運は一時の夢ということになりかねない。


「お嬢様、どうか私めにだけ、本当の事をお話しいただけませんか?」


 そう言ってせがむセバスチャンに対して、私は自分が日本という異世界から転生してきたと打ち明けた。セバスチャンはそれを知ったついで大爆笑しながら「日本ならこの世界にもありますよー! 嫌だなー! 大英帝国の魔術師が知らない世界なんてあるわけないじゃないですかー!」などと言い始めた。


 さらに彼は私の正気を疑って、終いには「私の専門は精神魔法ですからね。すぐに治して差し上げましょう」などと言って彼ご自慢の精神魔法が効かないことまで確認したのだった。

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