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その者、傲慢にて

 シエラレオネには大型シップが何隻も入港できるような良港は無い。それでもシエラレオネが奴隷貿易において重視される理由は二つある。


 一つは輸出品の品目。象牙や奴隷が食べる穀物など、貴重な交易品を産出するからである。これらは高価格あるいは奴隷貿易の必需品であり、常に取引されている。奴隷船が交易において、奴隷以外の品目にも注目していることは言うまでもない。


 もう一点は奴隷の品質。シエラレオネの土着民族である黒耳長族(ダーク・エルフ)は奴隷が食べる米やモロコシ、キャッサバといった農産物を育てることができる。アメリカでそれらの作物を育てることができ、奴隷の健康や食事を維持できる奴隷は有能とみなされている。


 これらの理由から、シエラレオネは奴隷船にとって重要な土地である。そして、この重要地点で奴隷貿易を仲介している男こそが、最も強い権力を誇っていた。


 ヘンリー・タッカー。父であるピーター・タッカーが現地の黒耳長族(ダーク・エルフ)との間にもうけた息子だった。その肌の色は一般の英国人よりも遥かに濃い(・・)。彼自身はポルトガルや大英帝国にも旅に出ており、英国人らしい気質を父から強く受け継いでいるようだった。


 海賊を逮捕した翌日、私たちの艦(レディ・アデレイド)はシエラレオネの港に着いた。そして、港で海賊たちを海軍に引き渡している最中、タッカーが奴隷たちの運ぶ御輿に乗って現れた。御輿が到着すると、中から全身を金銀の装飾品で着飾っている、眼鏡をかけた浅黒い巨漢の姿が見えた。タッカーは一直線に私たちの下へ歩いてきて、私たちに挨拶した。


「ようこそ、レディ・アデレイドの皆さん」


「初めまして。私たちをご存知なのかしら?」


 タッカーは炎天下でも上等な上着を着て涼しい顔をしていたが、その背後で冷却魔法を使って彼に冷風を送る奴隷の姿を、私は見逃さなかった。


「マネスティー氏の代理人から、共同船首のグランヴィル女史がここを訪れると既に聞いておりました。ようこそ、シエラレオネへ。私はヘンリー・タッカー。この辺りでビジネスをしている実業家(・・・)です」


 タッカーは優雅な態度で、三角帽(トリコーン)を脱いで頭を下げた。彼が現れた途端、海軍の士官たちが急に改まった態度になったのは偶然ではなさそうだった。


「この度は厄介な海賊を逮捕していただき、誠にありがとうございます。貴方は実に勇ましい活躍をなさった。それに私も応えたいと思っています。これは、ちょっとした気持ち(・・・)です」


 タッカーが指を鳴らすと、酒樽と象牙が護衛の奴隷たちによって運ばれてきた。レディ・アデレイドの水夫たちは酒樽を見て大はしゃぎしている。これらを運ぶだけでも、十分に交易で利益をあげられそうだった。


「いいのですか? このような品々を……」


「勿論です。元々、あの海賊たちは私が奴隷の管理に使っていた連中でした。しかし、お遊びが過ぎたようです。……後で商品をお見せしますが、まずは挨拶代わりにお受け取りください」


 そう言って笑いながら、タッカーは今度は自分の妻を紹介した。タッカーには現地の黒耳長族(ダーク・エルフ)の妻が三人いた。透き通るような銀髪、深い双眸に赤銅色の肌。タッカーと同じく装飾品で着飾った彼女たち三人とも、最高の美女だった。


 さて、私たちが次に行うことは決まっていた。艦上で、彼ら夫婦に最高のおもてなしをしなければならない。既に奴隷貿易の交渉は始まっている。タッカーをどれだけ喜ばせるかが今度の交渉に関わっていた。私は甲板長のマグナスに指示を出し、最高級のブランデーを持ってくるように言った。


「まさか艦にお迎えいただけるとは、実にありがたく思います。しかもまさか、海賊を打ち破った艦とは。実に見事なものです」


(彼の態度は外交的な戦術ですね。優雅な話しぶりで下手に出て、相手を油断させる)


 レディ・アデレイドがタッカーの態度に注釈をつけた。まさにその通りなのだろう。タッカーは艦のあちこちを見ながら、妻たちとお喋りをする振りをして、現地語を交えて護衛の奴隷に指示を与えているようだった。どれくらいの奴隷を売り捌くべきか、吟味しているらしい。


「タッカーさん。レディ・アデレイドは二百トン級の奴隷船です。ざっと見積もって、載せられる人間貨物は百人を下らないはずです」


「なるほど?」


「それだけの奴隷を集めるのに、どれくらいお時間がかかりますか?」


「ふむ。一ヶ月でしょう」


 タッカーは右手で顎を撫でながら答えた。その指には無数の指輪が輝いている。


「一ヶ月で?」


「不満ですか。それとも早すぎる?」


「そんなに早く準備できるなんて、何か理由があるのかと思いまして」


「おい!」


 声を低くして、エドが私の脇を小突いた。「やめておけ」ということらしい。しかし、海賊の一件以来、タッカーを信用するのが難しい状態であることも事実だった。


「貴方は、どこかでお見かけしたと思いましたが、スネルグレイヴ家の……エドワード・スネルグレイヴ氏ではありませんか」


 タッカーがエドに声を掛けると、エドは小さく「そうだ」とだけ答えた。


「なるほど、なるほど。グランヴィル女史はスネルグレイヴ氏の助けを受けて、ここまで来られたわけですね。だからこそ、海賊の妨害を受けてなお、航海日程通りにこちらまでお着きになられたわけだ」


「何がおかしい?」


 タッカーがほくそ笑むと、今度はエドがタッカーに食って掛かった。


「何も? 貴方が勇敢で有能なおかげで、私も素晴らしい取引ができるわけです。願ったり叶ったりですよ」


「えっと……お、お喋りはこの辺にして、ちょっとした(うたげ)でもどうでしょう? タッカーさん、それに奥さんたちを歓迎したいと思いますの。お、おほほほ……」


 エドが反論する前に、なんとか私は笑って誤魔化そうとした。自分でもおかしなことだが、こういう時の笑いは媚びへつらった絶妙な笑いになってしまうようだった。


 宴の席に着くと、話題は海賊との戦いの話になった。私たちは海賊を倒した様子について話すと、タッカーは満足気にそれを聞いていた。


「ところで、海賊が罠にかかったと、どうして分かったのでしょうか?」


 私の艦読みの能力について、タッカーには伏せていた。しかし、勘の良いタッカーはそこに直球で疑問を投げかけてきた。


「えぇ、それはですね、お嬢様には艦読みの能力がありまして――」


 折角それまで伏せていたのに、セバスチャンは速攻でバラした。相手が味方かどうかも分からないうちから、何すぐ喋ってくれてるのこいつ。しかし、宴の給仕をしているセバスチャンは完全に使用人モードであり、忠実なイエスマンの状態にあった。


「珍しいお力をお持ちだ。流石は名門グランヴィル家のご息女です。艦の声が聞こえるというと、具体的にはどのように? 心の中に誰かが語りかけてくるのですか?」


(そうですよ。太ましい半耳長族(ハーフ・エルフ)さん)


 レディ・アデレイドも調子に乗ってタッカーの問いかけに答える。しかし、その言葉をタッカーに伝えようとは思えなかった。エドの考える通り、彼を少しでも侮辱するようなことがあれば、奴隷貿易がご破算になってしまうかも知れない。ここまでの話の流れだけでそう感じるほどに、タッカーの周囲に漲るオーラは強大だった。


「マグナス! タッカーさんにブランデーを」


 私がマグナスを呼ぶと、何故か代わりにウーヌスが現れた。何だかとてつもなくまずい予感がする。


「ふふっ。黒耳長族(ダーク・エルフ)の給仕ですか。構いませんよ。私の自宅では普通のことですから……」


 上機嫌のタッカーに対して、ウーヌスは現地語を用いて必死で何事か叫び、自分の掌に文字を書き込むような仕草を見せた。


「嗚呼……こんなところに……申し訳ございマセン。ウーヌスが余計なことを……」


 しばらくするとブランデーの酒瓶を持ったマグナスがやってきて、ウーヌスを船長室から下がらせようとした。マグナスに腕を引かれる間にも、ウーヌスは何かを書き込む仕草をタッカーに見せようとしていた。


「ごめんなさい、タッカーさん。今のは見なかったことにしてください」


「ふっふっふ……」


 私の謝罪に対して、タッカーは意味深な笑いを浮かべた。


「いいのですよ。面白い奴隷を買ったようですね」


 タッカーは満面の笑みで言った。


「どういう意味ですか?」


「貴方は彼の正体がお分かりでないようだ。そうした情報は交渉の前に、事前に調べておくべきですよ」


 そう言って、タッカーは指輪の輝く太い指で眼鏡を押し上げた。

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