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太くて固くて暴れっ放し

 船大工の狗頭族(コボルト)パウエルは、進水式を終えた私の艦(レディ・アデレイド)に必要となる武装やバリケードの設置を行っていた。エドが目をつけていた男だけあって、パウエルの仕事は間違いなく精密かつ高速だった。これほどの男が大工の親方に取り立てられない理由は、その荒波のような博打癖が問題とされているからに他ならなかった。


「どうかしら? 仕事のほうは?」


 私が造船所を訪ねた時、パウエルは船大工の徒弟や見習いに事細かな指示を与えていた。レディ・アデレイドを奴隷船らしく(・・・・・・)するためのすべては、この男の両肩にかかっていた。


「公女様、すべては順風満帆でさあ! 見てくださいよ、この重武装。六等駆逐艦にも負けませんぜ。それにこの重量感のある船形。人間貨物(・・・・)が揺られるのを最低限に抑えてくれるはずです」


(当たり前でしょう。そのために私は建造されたのですから)


 パウエルの言葉に答えるように、頭の中にレディ・アデレイドの声(CV:能登麻美子あるいは早見沙織)が聞こえてきた。


「ふーん。興味が出てきたわ。奴隷船の装備について、もっと具体的に教えてもらえる?」


「はっは! 船長代理(・・・・)らしくなってきましたか?」


 そう言いながら、パウエルはレディ・アデレイドの右舷を指差した。


「舷の肋材を高いままにして、自殺防止用のネットを設置しています。奴隷はすぐに塞ぎ込んで海に飛び込もうとしますからね。折角の貨物が死んだら元も子もない。自殺や万が一の落下事故を防ぐことは非常に重要です」


 外見からして既にレディ・アデレイドは奴隷船としての装備が整っているようだった。さらに、パウエルは素早く露天になっている主甲板へと登った。そこには巨大なバリケードが設置されていた。


「頑丈でしょう? これでいつでも安心できます。高さ十フィートのバリケードが、船員の命を守っているわけですから」


 パウエルは胸を張ってバリケードを叩いた。網目状に木材を組んで構築されたバリケードは万が一、奴隷の蜂起が起きた際に、後甲板に下がった船員たちがマスケット銃で奴隷を鎮圧するために必要な装備だった。


 さらにパウエルは砲甲板にも案内した。そこには左右舷に六門ずつの砲座と、障壁が作られていた。


「主甲板にも砲座があります。念の為、船主と船尾甲板にも二門ずつ、カルバリン砲と旋回砲を準備させました。旋回砲は書類上は備砲として扱っていませんが、合計で二十四門です! 六等駆逐艦に匹敵する重武装、どうですか? 惚れ惚れするでしょう」


 パウエルは大砲に火を点ける真似をした。


(この狗頭族(コボルト)、よほど重武装に惚れ込んでるようです。きっと、以前の航海で軽武装の艦に痛い目を見せられたのでしょうね)


「主砲は文句なしね。ところで、カルバリン砲というのは何?」


「サイズがでかい長銃のようなものです。最大で十八ポンドの砲弾を使えますが、長距離の索具破壊、または対人兵器になります。ご覧にいれましょう」


 パウエルに従って私とセバスチャンは船首甲板へと登り、船首に備え付けられたカルバリン砲を見物した。全長十二フィート、三メートル以上の長距離砲である。


「素晴らしいでしょう。太くて、固くて、まさに暴れっ放しの一品です」


 パウエルはカルバリン砲を愛でるように撫でながら笑った。


(下品な評価を下されたものですね。しかし、これだけ砲があれば、海賊に襲われても返り討ちにできるでしょう)


「パウエル、素晴らしい仕事だわ。案内もありがとう。彼女(レディ・アデレイド)も喜んでいるみたいだわ」


「へ? 本当ですか? 艦の声が聞こえるって話は……」


 パウエルが目の色を変えて尋ねてきた。自分の仕事を装備を取り付けた艦から評価される経験は、流石にこの男にもかつて無いようだった。


(しかし、船首のカルバリン砲はともかく、船尾は敵の接近を許してしまった時のため、さらに奥の手を用意したほうがよろしいかと思います)


「何かしら、奥の手というのは……」


「何の話です?」


「や、いつもの妄想ですよ。艦読みなんて、当てにしてはいけません」


「セバスチャン、貴方は黙ってて」


 レディ・アデレイドは、さらに重砲弾を撃てる砲の装備を提案した。確かに、長距離砲を持っていても、船速で上回る相手に船尾への接近を許してしまうことは有りうる。そのために、船尾に重砲弾を装備しておくことは合理的な判断だった。


「パウエル、彼女は言っているわ。船尾に重砲弾を装備できる砲を乗せるように、と」


「は? 本当ですか。これで十分に重武装だと思ったのですが……」


「とにかく、秘密兵器(・・・・)として乗せたいの。頼んだわよ」


秘密兵器(・・・・)ですか。愉しい響きですね! 分かりやした。追加費用が少し必要になりますが、お任せを」


 そう言ってからパウエルは素早く主甲板から降りて、鍛冶師の待機する鍛冶場へと猛ダッシュしていった。武装の注文が間に合うかどうかは分からないが、艦がそうと決めたのだから、それに従って船員に指示を出すのが、船長代理の仕事なのだと、私は思った。



***



「おい、あんた、勝手に武装の注文を変えてないか?」


 翌日、私はエドからの呼び出しを受けて、造船事務所にやってきていた。話の主題はパウエルに頼んだ重砲弾のことらしい。


「確かに、船尾に重砲弾を発射できる砲を用意するように、パウエルに指示したわ」


「そういうのは船長の仕事じゃないんだよ。パウエルが賭博に嵌ってないか、期日通りに仕事が終わらせられそうか、そういうことを監視して欲しかったんだ」


「彼はきちんと仕事しているわ。艦も喜んでいるみたいだし、問題は無いと思うの」


「本当にそうか?」


 エドは艦が喜んでいるという言葉に対して、疑いを持っているようだった。


「貴方は船大工の仕事を疑っているの?」


「質問に質問で返すな。俺が聞いているのは、パウエルの仕事がスケジュール通りに進んでいるか、パウエル本人に問題が無いか。そういうことなんだ。そこに眼を光らせておかないと、出航してから大変なことになるぞ」


 確かに、船大工が仕事をできるのは今のうちだけだ。出航してしまったら、壊れた装備の修繕など、限られた道具でしか仕事ができなくなってしまう。


「装備を変えるのは良いが、それが出航前の経費になるってことも忘れないでくれ。重武装にすればするほど、航海の途中の予算は減ることになる。そうなれば、途中の交渉で妥協すべき事項が増えるんだ」


 エドは珍しく冷静に説明してくれた。私と二人で仕事を分担した分、いくらか落ち着きを取り戻しつつあるようだった。


「分かっているわ。でも、私のポケットマネーで解決できることだってあるわ。あまり費用については心配しないで」


「あんた、本当にそれでいいのか? 稼ぎが少なくなったら、困るのはあんたなんだぞ?」


 エドは心配するように私の眼を見た。その紅い瞳には、今も船乗りとしての情熱が滾っているようだった。


「俺はベストを尽くす。あんたもそうだ。そうすれば、きっと航海は成功するんだ。あまり自分だけで物事を進めないでくれ」


「分かったわ。心配してくれてありがとう。でも、船長には水夫の命を守る責任があるわ。最善を尽くすためには、武装の変更も必要だと思ったの。貴方も分かってくれると信じているわ」


「……そうだな。俺は確かに目先の利益を考えていたかも知れない。だが、勘違いはするな。俺は仲間たち全員で、無事にまたリヴァプールの土を踏めるようにしたいんだ。俺も、あんたも、油断しないで準備するのが先決だ」


 エドは私の事をまだ勘違いしているようだが、それでも歩み寄る姿勢を見せ始めていた。そして珍しく、セバスチャンが茶々を入れてくることが無かった。ようやく、この馬鹿者も空気を読むということを学び始めたようだった。

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