夜想
湯から上がると、血色の良くなったマルカさんが待合室で一人涼んでいた。
「シェドさん見てませんか」
「あー、あいつならやることあるって先に帰ったよ」
「そうですか。......あの」
「ん? どした」
「やっぱり俺って駄目なんですかね」
「なあに藪から棒に。今日のことなら気にしなくていいんだから」
「ですけど、やっぱりこの先もこの調子じゃあ、あんまりにも不甲斐ないじゃないですか」
「あのね、前にも言ったかもしれないけれど、魔術なんて一朝一夕でなんとかなるものじゃないの。強くなりたいのは否定しないけど、今は自分の持ってるものと周りの人とでなんとかやってくしか無いんじゃないのかな」
「そうですけど」
こればっかりは体を逆さにしたって、非力な男という事実だけが降ってくるばかりなのだから、彼女の言う通り現実を見つめる他は無いのかもしれない。
けれど、その仕方がないという妥協に収まってしまっては、これからも今日と同じように失敗を繰り返すだけなのだから、どうしても何か一つ掴めるものが欲しいのは素直な感情でもある。
「君、聖都に行ってルディアちゃんをお父さんと再会させて、その後どうするか考えてる?」
「いえ、それはまだ」
「でしょ。あなたが必要としてる力なんてこの一時必要なだけなんだから、今回のことが済んだら別の生き方を探さなきゃいけないの。だからさ、今必要な部分はわたしたちに頼っちゃえばいいじゃない」
「嫌なくらい現実的な話ですね」
「でも、見なきゃだめでしょ現実は」
マルカさんの優しさからくる言葉だというのは理解できる。ただ、それは裏を返せばもう戦う術を身に付けるのは諦めろと言われているのも同然である。
「もし現実を直視する気になったら、そのときは力になるからさ」
「ええ、そのときになったらお願いします......」
「僕はその向上心は買うけどね」
顔を上げるといつの間にかヘインメルさんが戻ってきていた。
「ちょっと、変なこと言って危険に身をさらすのはこの子なんだからね」
「そりゃそう。だけど本人が今力を欲しているのに、それを押さえ付けるように諭すなんて過保護も過ぎるんじゃないかな」
「いやいいんです。マルカさんだって俺を思って言ってくれてるんですから」
「そうかい? まあ、力が欲しければ遠慮無く僕に聞いてくれていいからね」
「また、そうやってあんたは無責任な」
外に出ると日は落ち街は夜の装いに変わっていて、酒の入った人達で独特な賑わいを見せている。
その中に一人挙動不審な人影を見つけた。
「シェドさん? どうしたんですかそんなに慌てて」
「ああ、丁度良かった。あの二人が居ないんだよ。見なかったか?」
「二人って、エルシアさんとルディアのことですか」
「そう。あいつらどこに行きやがったんだ」
「なにもそんなに慌てなくたって、どうせその辺で食事でもしてるんじゃないの」
「なら尚更まずい。言っただろ、あの娘の存在がこの街の住人にどう写るのか。とにかく騒ぎになる前に見つけ出したい。手分けしてくれ」
「いやぁ、その必要は無いんじゃないかな。それにもう手遅れかも」
ヘインメルさんが指差す先を見ると、エルシアさんがルディアに半ば体重預けるようにして肩を組む姿があった。
「おいおいおい勘弁してくれよ」
シェドさんが血相を変えて飛んで行く。
「おっしゃー! 今日はぜーんぶお姉さんの奢りだからね! なんでも好きな物言いなさい!」
「そんなんいいからまず離れろよ。てかもう帰ろうぜ」
「お前何してる!」
「あ、裏切り者だー! 私達いま親睦を深めてるんだから邪魔しないでよね!」
エルシアさんは相当酔いが回っているようで、真っ赤な顔をしながら声を荒らげる。
それが周囲の目を必要以上に引き、それはもう嫌という程目立ちまくっている。
「とにかく帰るぞ!」
「えー! 私達を除け者にするような人達とは一緒に行きませんー!」
大の大人がここまで崩れるものかと、アルコールのせいとは言え少し引いてしまう。
「いいから来い! 話は後だ」
エルシアさんは強引に腕を引かれ、引きずられるようにして連れていかれる。
ルディアはルディアでようやく開放されたと胸を撫で下ろすが、俺と目が合うなり眉間に皺を寄せて視線をずらす。
「あ、ははは。俺達も行こうか?」
俺の問いかけに反応するでもなく、肩を怒らせて横を素通りする。それはヘインメルさんとマルカさんに対しても同じであった。
一人置いていかれたことに、やはり、だいぶご立腹らしい。
前を行くエルシアさんは飽きもせずシェドさんに不満をぶつけるが、彼は黙って腕を引くばかりである。
その光景は傍目から見ても異質らしく、通る道筋で皆が皆彼らに注視する。
だが、少し気になるのが声に反応してみなエルシアさんを見るのだが、何かに気が付いたように幾人かはルディアのほうに視線を移すのである。
シェドさんの言うように、この街にはあの髪が何を意味するのか、知る人が居るのは事実らしかった。
家につくなりエルシアさんに対し詰問が始まる。
「なぜあんなことをした」
しかし、当の本人は酔いも手伝ってかへそまがりに拍車が掛かり口を開こうとしない。
「自分がなにしたのか分かってんのか? ここで活動できなくなったらどうしてくれんだ」
「だってぇ......」
威圧感のある声に流石に観念したのかゆっくりと口を開く。
「そもそもあんたが難癖つけてルディアちゃんを置いてったのがいけないんだよ。だから、一人で可哀想だし私つまんないし」
「お前なぁそんなことで、はぁ。何があったか知らないが最近おかしいぞ。ここで目付けられるようなことして、どうなるかくらい分かるだろ」
シェドさんが頭を抱える。
「彼女もお酒入ってるし、とりあえずまた明日にしない?」
「ヘインメル、お前だって分かるだろ」
「まあ過ぎたことはどうしようもないし、実害が出てから考えればいいんじゃない?」
「分かった。とりあえずお前はしばらく禁酒な」
「へいへい分かりましたよー」
どうもエルシアさんは溜飲が下がらないのか不服そうにむくれっ面をしながら、投げやりに答える。
反省の様子もない態度にシェドさんはため息混じりに席を立った。
「どこに?」
「飯だ。こいつのせいで食べ損ねてるんだ、お前らも来るか?」
「僕は......」
早々に二階に上がってしまった彼女が気になりチラと視線を天井に移す。
「三人で行ってくるから、ギン君はそばに居てあげて」
マルカさんが気を利かせて二人を連れて出掛けていった。
「ごめんねギン君~、勝手に連れ出しちゃって」
「観龍者の事情はあまり分かりませんし、俺はどっちかって言うと感謝してますから、謝らないで下さい」
「分かってくれる?! そう、別にわざとやった訳じゃないし、ルディアちゃんが可哀想だったからね、ね」
「分かりましたから、もう休まれた方がいいですよ」
そう諌めるとエルシアさんはふらつきながら二階に上がっていった。
これからの会話を聞かれるのが気恥ずかしくて、少し間を置いてからルディアの部屋に向かう。
「入るよ」
扉越しに声をかけても返事はない。
眠ってしまっているのかもしれないと、音を立てずに扉を開ける。
だが、彼女は眠るでもなくじっと膝を抱えてベッドの上に座っていた。




